鐵乃広場 過去ログ


といいながら、2,3日書き込みが出来なくなるのですが
 名前:黒目 08/13 月 11:18:45

政治家でもなんでもない私が「構想」をでっち上げて見せる事が、さして意味のある事だとは思いませんが、
あえて、千鳥が淵というものがあり、政治が介入する以前の、本来の遺族会の路線のものとして、平和遺族会というものがすでにある。その延長上になんらかの形態がありうるかもしれません。
 靖国神社そのものが抱える矛盾として、ASKさんが重大な指摘をしておられます。靖国の本来の成り立ちを無視して、「改革」なるものを提示しても、それはさして有効ではないでしょう。
 あと、神道が宗教か否か。現在の神社本庁系の神道、国家神道の流れは、明治4年(?うろ覚え)の神仏判然令だかにより、全国の村の鎮守の神社を、皇祖神を頂点とする構造の中にむりから組み込んで成立したものです。この時点で、皇祖神になんらかの関係のない神社は「淫祠邪教」扱いされて廃止されている。
私の田舎にもスサノオ命を祀った神社がありますが、なんの縁もゆかりもないくそ田舎に、なぜ、スサノオが祀られているのか?それは、この時点で、皇祖神に関係があることに、むりやりした。そうしなかった神社は、取り壊されているのです。
現在の神道は、この時点から、せいぜい百数十年の歴史のものであり、それ以前の我が国の土俗の宗教としての神道とは別のものである、という事を指摘しておきたいと思います。

 ちなみに、これは公開情報ですので、ここに書いてもかまわないと思いますが、右翼に襲撃されたのは国連憲法問題研究会という団体です。全文、引き写しておきましょう。

天皇主義右翼による暴力、差別排外主義を糾弾する!! 投稿者:あさの@事務局  投稿日: 8月11日(土)22時25分10秒

 本日(8月11日)我々国連・憲法問題研究会は「靖国フィールドワーク」を企画し、大鳥
居に集合していた。すると見なれた人物がこちらに近づきの様子をうかがっているではない
か。そしてその人物はすぐさま仲間のもとに向かい、十数人の人間を連れてきた!

 そして彼らはこちらに向かい「何してるんだ!」などと尋ねてきた。当初我々は冷静に対
処し相手にしなかったが、すると彼らは興奮しはじめ「ここはお前らのくる場所ではない」
「境内をけがすな」などと言い始めたのである。靖国を見学する自由を右翼に妨害されると
は思わなかった。全く法的根拠のない話である。弾圧法として「目的外侵入」というのはあ
るが見学にそれが適用されたことなどない!

 彼らは反論するとさらに激昂し我々をこづき、ケリをいれ(ケリをいれつつ「蹴るんじゃ
ねえ」と言うインチキぶり)、身体を押さえつけひきづりまわした。そして何と我々を「こ
いつらは放火をした革労協の仲間です」などと大声でデマをふりまきはじめたのである。そ
してさらに「乞食め」「精神病院へ行け!」「売国奴!」「日本から出て行け!」などと天
皇主義右翼特有の差別・排外主義言辞を吐きはじめたのである!

 我々がなぜ正当防衛的反撃をしなかったかわかるだろうか? 我々が「反撃」したらパク
られ接見禁止つきで1年も拘束されるなど重弾圧があることもある。しかし右翼がパクられ
ても1日、2泊3日、23日で出てこれるではないか! さらに警官隊が割って入ったことを
もって「警察に守られるのか!?」などと言われるのは筋違いである。よく集会妨害のときに
聞くお得意のセリフである。警官隊は攻撃する方向を向いていただけではないか!

 何回も靖国にいっている参加者もいるがこんな事態ははじめてである。我々はこれら天皇
主義右翼の一連の暴力、差別排外主義を断固糾弾する。そしてヤスクニ近くの会場にて学習
会の成功をかち取ったことを報告する! そこでは「めったにできない経験をした」という
声が多かったことをつけ加えておこう。

 追:「見たことある顔だな」といわれたが私が知っている顔はいつも集会妨害にくる2人
だけである。「どこどこで会った」などと全く行っていない集会の会場名をいわれても困
る。それは人違いだろう。さらにだまっていると「このあいだの威勢はどうした?」。反論
すると「今日は威勢がいいんだな」などと矛盾することをいって無用な挑発をするな。

無論、私が余所様の左翼のゲリラ事件の責任をとれないのと同様、この事件を貴会に突きつけて云々しようというのではありません。靖国神社の有様、を象徴するような事件だな、と考えて紹介させていただくまでです。


本日、小泉が靖国参拝に踏み切る!
 名前:鐵扇會中央執行部 08/13 月 15:45:21

午後4時より、首相官邸において内閣官房長官福田康夫による
首相談話の発表。それにつづいて本13日夕、小泉純一郎首相が
靖国神社を参拝する模様


■首相小泉純一郎の靖国参拝、無事終了す!
 名前:鐵扇會中央執行部 08/13 月 17:51:29

 平成13年8月13日、午後4時30分過ぎ、総理大臣としては5年ぶりとなる
小泉純一郎の靖国参拝が執り行われました。
 御報告致します。

 尚、当會・靖国参拝問題特別企画には、これまでこの半月、2万4千アク
セルートから11万に昇るアクセスをいただきました。閲覧され、この日本
にとって最も困難な問題についてごいっしょに考えていただけたすべての人
々に対し、政治・宗教の立場を越え、茲に厚く御礼申し上げる次第でありま
す。誠にありがとうございました。 


訂正
 名前:鐵扇會中央執行部 08/13 月 17:56:28

 1日〜13日までの最新データがいま出ました。

ログファイル ログ件数
HTTP_USER_AGENT 25985
HTTP_REFERER 18795
REMOTE_ADDR 26297
KEYWORD 344
ACC_LOG 26297

2万7千のリモートアドレスからのアクセスに下、訂正
いたします。


日本男児
 名前:クマさん 08/14 火 02:23:16

小泉首相が頭書表明の15日でなく13日に靖国参拝を果たした。最初ニュースを聞いたときは勿論,いろんな圧力に屈してしまったのか?日和ったのか?結局そうなるのか?と頭にきたのですが,しばらく考えるうちにちょっと私の中にも変化が起こりつつあります。15日参拝を強行すれば小泉個人の支持者は喝采しこれからも支持を続けるだろうし本人の満足もことさらであろう。にも拘らず本日の参拝に踏み切る事は(自民党内部に懐柔された,中国、韓国などに屈した)などの憶測を呼び彼自身にはほとんどメリットがないように思います。その一方現場で実務,事務に携わる官僚の負担の軽減はいかほどであろうか、大臣各々の杞憂がどれほど解消されるだろうか。そのために小泉さん多くをを腹に収め、押し忍んだのだと私は解釈します。政治は私有物でなく 日本というチームが永劫に前進するための推進力であることを改めて思い起こさせていただきました。

男,小泉、痛みに耐えよく辛抱したとエールを送りたい,できれば優勝杯も渡してあげたい。


踏絵
 名前:しきしま 08/14 火 16:30:26

 小泉純一郎は、4/18.私が総理に就任したら8月15日に如何なる批判があろうとも必ず参拝する」と明言した。にもかかわらず8/13に靖国神社にいった。そればかりではなく、談話として国立慰霊施設にまで言及している。靖国神社とはそんなに軽いものなのか?この小泉をどう見るかで我々がためされる。遺族会の票を詐取した稀代の大逆臣でないのか?


ご紹介
 名前:鐵扇會中央執行部 08/15 水 03:17:34

 終戦の日を迎えました。

該当WEB

 皆様、上もぜひご覧下さい。WEB上データベースとして、一人黙々と
孤独な作業に尽力された方の詳細なデジタル歴史デ−タであります。


3日たちましたので、黒目さんに御返事差し上げます。
 名前:鐵扇會中央執行部 08/16 木 18:16:02

13日の小泉参拝直前の黒目さんの御投稿によれば、2・3日ネット
に不在の由、語られておりましたので、いままで御返事を差し上げる
のを控えておりました。あれから丸3日たちましたので、3日前にご
用意した回答を以下掲げることにいたします。

|政治家でもなんでもない私が「構想」をでっち上げて見せる事が、
|さして意味のある事だとは思いませんが、

「でっち上げる」なら、おっしゃるとおり、意味がありません。
構想は「ぶち上げる」ものでありましょう。また、民主主義社会では
国民一人一人が政治意識を持たねばなりません。「政治家でもない私」
と書いた時点で、市民の何たるかを放棄していることになるのであり
ます。お上というものは、民が批判・監視するものであって、たよる
ものではないというのが、いまの社会なのであります。

|あえて、千鳥が淵というものがあり、政治が介入する以前の、本来
|の遺族会の路線のものとして、平和遺族会というものがすでにある。
|その延長上になんらかの形態がありうるかもしれません。

理解いたします。しかし、靖国が存続する限り、統合されずに、毎年、
互いにボコボコとやり合うだけの、あたかも「中東問題」を日本国内
に抱えたような状態がいつまでもつづくのはいかがなものか、という
のが当會の今回指摘した基本スタンスであります。
黒目さん及びお仲間・同志がいれば、そうした人々が、靖国神社に火
を放ち、かならず炎上させてみるというのであれば、その構想は、そ
れはそれとして思想としての完結を見るのでありますが、靖国が存続
しつづける限り、千鳥ヶ淵を吸収合併し、あらたな国立墓地が誕生し
ても、「こちらが本家だ」という争いは、形をかえて未来永劫つづく
ほかないでしょう。
現実的には、当會「靖国WEB」が示したとおり、

1,憲法という器をかえるか
2,周辺法律の整備を急ぐか
3,神道を非宗教とするか
4,靖国のあらたな形での国家護持を志すか
5,靖国及びその周辺を、国民の手ではげしく改革していくか

などの道しかないでしょう。
もとより、首相・閣僚が参拝しなければ、いまの靖国も、あまたある
宗教施設のワン・オブ・ゼムとして現状でもよいのでありますが、「
靖国を参拝したいのだ、毎年しているのだから」という首相・閣僚が
出現しつづけるかぎり、黒目さんの解決方法では有効性はないと判断
せざるを得ないのであります。


|靖国の本来の成り立ちを無視して、「改革」なるものを提示しても、
|それはさして有効ではないでしょう。

「成り立ち」とは、過去の歴史のたしかな一部でありますが、歴史は
後世の知恵によって、弁証法的に発展していくものであります。ソ連
は、元ニコライ王朝だからあんなものは信用しないなどという馬鹿げ
たことを言う左翼がいたでありましょうか? いないのであります。
 靖国の成り立ちは、当會WEBにもはっきりと記されております。
 また、旧来のイデオロギーに支配され、西郷すら祀られていないこ
とに現代の多くの日本人は違和感を感じるであろうとも書かれており
ます。
 だからこそ、国民の手による、新世紀にふさわしい靖国及びその周
辺改革が必要なのであります。

|あと、神道が宗教か否か。・・・・
|・・・という事を指摘しておきたいと思います。

当會會員ではありませんが、当會掲示板の常連である「まむし直」氏は、
歴史・宗教に詳しい専門家であります。また、当會會員で、今回の島地
黙雷と神道非宗教論を担当した蒼洋會員もおります。そうした方々に呼
びかけてみてはいかがでありましょうか?
 テーマが拡散し、首相の靖国参拝から離れれば、これはそれぞれの會
員個人あるいは掲示板投稿者による自由論議になりますから、当會中央
執行部が関知するところではありません。


|右翼に襲撃されたのは国連憲法問題研究会という団体です。・・・・
|・・・無用な挑発をするな。

一般に、インターネット情報というものは、そのBBSの質・情報発信
源の信用性などに鑑み、その都度、個別に信頼度が測られるものであり
ます。ご指摘の記事が、どのようなBBSに投稿された内容であるか、
判別がつかぬ以上、申し上げようがありません。たとえば、2ちゃんね
掲示板などは、ネット中毒者の言語道場であるやもしれませんが、情報
価値としてはほとんど無に等しい。つまりは、誰も信用しない時空間で
あると大方に認識されていましょう。

|無論、私が余所様の左翼のゲリラ事件の責任をとれないのと同様、こ
|の事件を貴会に突きつけて云々しようというのではありません。靖国
|神社の有様、を象徴するような事件だな、と考えて紹介させていただ
|くまでです。

靖国周辺を憂えるという点では、当會と黒目さんは、立場を同じゅうし
ております。当会の50日にも及ぶ議論のなかでは、

「靖国神社が、一民間宗教法人に留まる限り、靖国は手塚記念館的なオタ
 クの聖地にもなり得れば、また、オウムの上九一色にもなり得る危険性
 を持つ」

との見解も記されました。
局所的な高温状態としての「靖国」は、うすく広く国民に微熱を与えた
かつての「靖国」よりも、現代社会でははるかに危険なものとなり得る
からこそ、当會は、宗教的熱から解放せよ、普通一般の国民のものとせ
よ、という意見をWEBサイトにまぶして見せたのであります。
黒目さんご指摘の事件は、靖国神社のなかの有様としてだけではありま
せん。教科書問題でもまた、頻繁に目撃されるけしきであります。そし
て、また、黒目さん引用の事件が真実であるとするなら、案外に、それ
は伝統的な右翼のしわざではなく、近来誕生した史観右翼・市民右翼の
可能性もまた否定しえないでありましょう。
当然、当會とはまったく異質の思潮・流行であり、別物の運動であるこ
とを明言いたします。


さてさて
 名前:黒目 08/19 日 22:39:39

夏風邪でダウンしてる最中ですが(爆)、若干。
まず、ワタクシはまさに8.15の靖国周辺に登場していたわけですが、ワタクシの顔面に向かって飛んできたものとしては
三角コーン(赤い、警察が道に置く、あれね)、脚立(マスコミのカメラマンが使っていたもの)、店の立て看板。
植木鉢というおっそろしいものも投げられようとしたようですが、店の売り物であって、店の人に阻止された模様です。
ワタクシ自身の損傷は、指の内出血(飛んできたものを叩き落とした際に)、腕の内出血(ケリをブロックした)、口内(顔面正拳突き)、頭頂たんこぶ(警官がこっちむいて規制してる時に、警官の後ろからやられた)
といったところです。
仲間は一人、脳震盪で救急車で運ばれました。
まあ、「情報価値問題」とやらでは、
該当WEB
でも参照していただきましょうか。
この犯人は特定できておりませんが、その後の時間に、私が参加した集会に現れて、傘立てや灰皿を参加者に投げつけ、建物に投石していた団体は、愛国党です。
当然ながら、これらはすべて、警察の監視下で行われたものです。
但し、基本的には警察は敵だと見なしておりますが、右翼の投げた石が、警官の後頭部に当たって倒れる所をみておりますので、さすがに今回は警察の悪口を言う気にはなれません。

さて、どのように話せば、話が噛み合うか、という部分でなやんでおるのですが、
貴会の立場、靖国を改革するという立場は、根本的に、「国家にとって有用なものとしての靖国」という観点に立っておられるのではないでしょうか。
それに対して、私は、戦没者自身、遺族自身、という事を問題にする。
靖国が戦後、政治課題として再登場する過程とは、前にも書いたように、自民党による遺族会票の票田化が眼目でした。それが、再軍備的、軍国主義的指向と結託することで、遺族会自身の右旋回、という現象が生じた。
8.15が近年のような、純然たる右翼の祭典と化したのはいつ頃のことかよくわかりませんが、少なくとも数年前は、遺族自身の為の日として存在していたように思います。
私は、そういった、戦没者遺族に対して、「戦没者は靖国にいって英霊になった」などというのは、違うやろ、と訴えてきたわけですが。


テレビで報道されなかったあの風景の周辺など
 名前:鐵扇會中央執行部 08/20 月 03:06:36

 黒目さん、會員一同、心配しておりました。夏風邪などお召しにならぬ
ようで何よりです。
 また、情報価値云々は、あくまで確認のためには必要不可欠な作業であ
り、この点はご理解下さい。
 さて、黒目さんが過日お書きの件は、13日の件でありました。下のご
投稿では、15日の件となっております。これは、

「13日の件は、私・黒目が直接に体験したことではなく、友人や同志が
 体験したことであり、それはネット情報の域を出ないが、15日のこと
 は私・黒目が体をはって直接に体験したことである。右翼の実体とは、
 お祭り野郎の暴力野郎である。13日も15日も同じことだ。このケガ
 を電子メールに添付して送りつけたいぐらいである」

というふうに解釈いたしましたが、これでよろしいのでありましょうか?
もう一つ、ご紹介のWEBは、CNNのWEBサイトでありますが、13
日のご友人の件は、CNNのネット放送でも流されたという意味なのであ
りましょうか? すでに消えていたのか、どこのページにあるのか、確認
することができませんでした。この点、お答え下されば幸甚に存じます。
 さて、以下、当會會員掲示板に投稿された一會員による15日正午の靖
国周辺情報であります。お怪我をなされた身の上で、恐縮でありますが、
関係箇所を引用いたしますので、黒目さんにあっては、よくよく下記を熟
読下さい。

| 後、正午になり本殿に向かい黙祷。
|この静寂を利用せんとトヨタビル前の一団(20名程)が「靖国解体」
|のシュプレヒコール。この卑劣で無礼な行為には、流石に非暴力信条
|の私も赤信号構わずビル前に馳せ参ずるも、頼もしき武闘派が先に手
|を出し警備の警官も守りきれず、連中ボコボコにされてしまった。
| 程なく機動隊が連中をジュラルミンの盾にて守り、九段坂下方向へ
|移動させることと。横をずーっと一緒に付いて行ったが、半端な根性
|で許し難い行為をした連中は、涙目でジュラルミンの板の中からまだ
|「靖国解体!」と叫ぶ。

 当會としては、上記のトヨタビル前の20名のなかに、黒目さんがい
なかったことをただただ念じるものであります。

 正午の黙祷の静寂を利用し、政治的プロパガンダをなす。
 それは、戦後の靖国の歴史をあまりにも象徴するけしきであったと言
わなければなりません。
 政治的には(単に音声学上の効果の問題でありますが)その場で文字
通り最大効果をあげ、もって右翼への挑発とも化し、結果、自分たちは
やられるであろうが、やられたらやられたでよい、今度はそのケガをも
って、政治的プロパガンダのネタにできるのだから。
 しかも、よもや殺されることはあるまい、なぜなら、その場には警察
がいるのだから・・・。

 このようなこどもだましの政治的戦術によって、戦後の長らくの間、
「被害者こそ善である」というけしきが、映像のインパクトを求めるテ
レビを中心に人口に膾炙したことは、すでに多くの人々が知ることとな
りました。
 しかしながら、発端がなければ、戦火は開かれないことはブタにでも
わかる真実であります。
 本来、8月15日の正午の黙祷とは、政治的立場をこえ、それぞれの
国民がそれぞれの立場からでよいから、英霊に、あるいは戦没者にとも
に祈りを捧げようという非政治的瞬間ではありはすまいか?
 それを、自分たちにとってかっこうの政治的プロパガンダの瞬間だと
位置づけることは、それこそ、あまりに身勝手でエゴイスティックな、
英霊や戦没者への冒涜ではないのか----そう感じた者たちが、時に植木
鉢を、時に店の看板を、時に脚立を手に手に取り、そうした不届きな集
団に投げつけたとしても、これは大方の日本人がにこにこと見つめるほ
かない瞬間であったと言わなければならないでありましょう。
 したがって、当會としては、上記のトヨタビル前の20名のなかに、
黒目さんがいなかったことを茲に念じるほかはありません。
 また、そう念じるからこそ、下記投稿のドキュメント「黒目、涙目に
なる」とでも名付けられる名文力作の各所については、ご返答は差し控
えることにいたしましょう。
 ただし、以下のくだりにだけは、コメントを差し上げます。

|当然ながら、これらはすべて、警察の監視下で行われたものです。
|但し、基本的には警察は敵だと見なしておりますが、

警察たたきで名高い雑誌に「噂の真相」というものがあります。この編
集部は、警察権力なしには、とても危機管理はできないでありましょう。
一般に、戦後の「左翼」「市民派」というものは、ファッションでしか
「反権力」を言わない、何かあれば、奇声を発し、すぐに警察や法律に
たよるものであることを、すでに大方の国民は知っている時代なのであ
ります。

さて、これ以降は、靖国問題に関する後半部、本題であります。

|さて、どのように話せば、話が噛み合うか、という部分でなやんでおる
|のですが

「噛み合う」ことは、論議において必ずしも必要ではありません。まして
それがインターネットともなれば、たがいに代表権を持つ外交でも商談で
もない以上、その大半は、噛み合わない味気なさや滑稽さに、おのれの孤
独を再認識し、おのが道をゆくほかないのだとたがいに自覚すつことで完
結するものなのであります。

|貴会の立場、靖国を改革するという立場は、根本的に、「国家にとって
|有用なものとしての靖国」という観点に立っておられるのではないでし
|ょうか。

「国」を意味するに、"patri"と"nation"という二つの概念があります。黒
目さんがお立ちの立場は、おそらくはつぎのようになりましょう。

「靖国の英霊は、英霊ではない。国(時の政府)によって、みじめに殺され
 た犠牲者たちなのだ」

この場合の「国」とは、言うまでもなく"nation"であります。もしも、こう
した意味での「国」というものしか、「国」でないのなら、話は噛み合うこ
とはないでしょう。
 当會「活動記録」をご参照下さい。当會は、首相官邸にも、外務省にも、
自由民主党にも、総務省にも抗議糾弾活動をかけてまいりました。「国」の
名に価しない「国」のありように対しては、"維新回天"の立場から戦後の左
翼よりもはるかにきびしくそのありかたを問うてきたのであります。
 また、先の戦においても、會員掲示板においては、旧軍人の官僚根性や作
戦の失敗への批判は、たびたび登場してくる話題となっております。

  当時の"nation"に殺された魂は、まさしく、その事実のために、
  悠久の"patri"のなかに、英霊としていまも生きる

 政治的目的から後者を敢えて欠落させる立場に与することは、できないの
であります。

|それに対して、私は、戦没者自身、遺族自身、という事を問題にする。

8月15日正午の靖国周辺の黙祷時、トヨタビルの前で騒いだ一団のなかに
黒目さんがいなかったことを、当會は念じるのみである、と申し上げておき
ましょう。国(nation)に対して個人という構図をかまえ、加害・被害の図
式から「解放」を叫ぶ政治運動の季節は、同情申し上げつつも、やはりとう
に終わっていると申し上げなくてはなりません。

|靖国が戦後、政治課題として再登場する過程とは、前にも書いたように、
|自民党による遺族会票の票田化が眼目でした。それが、再軍備的、軍国主
|義的指向と結託することで、遺族会自身の右旋回、という現象が生じた。

当會靖国WEB「政府自民党側資料」をご参照下さい。もう少し、細かなこ
とまで明らかにしております。靖国周辺にいかがわしい影があることを、最
も大量な資料で証ししてみせたのは、ITにあっては、進歩派でも左翼でも
なく、鐵扇會がはじめてなのであります。

|8.15が近年のような、純然たる右翼の祭典と化したのはいつ頃のこと
|かよくわかりませんが、少なくとも数年前は、遺族自身の為の日として存
|在していたように思います。

そうであります。本来、右も左も、政治の場としての靖国から手を引かなく
てはなりません。そして、静かな歴史的場所にしていくことが望ましい。そ
れが、マーケティング感覚に長けた小泉純一郎は、昨今の浅薄な保守ブーム
を逆手にとって活用し、「ぼか行くぞー ぼか行くぞー」をくりかえし、
結果うまいことやってのけた(昨日のTBSの調査では、支持率もまったく
下がっておりません)。
ことしの靖国は、昨年ともやはりぜんぜんちがいましょう。とにかく、異常
でありました。
当會の靖国WEB「FAQ」ページの最後の質問への回答文にこうあります。

「毎夏、首相の靖国参拝をめぐって行く行かないなどとカンカンガクガクや
 ること自体が、近代から現在までの日本の矛盾をそのまま一つのダイナミ
 ズムにすることになるのだ、いわゆる戦前戦後相克のエネルギーとなって
 いるわけだから、このまま毎夏ボコボコとたがいの陣営が未来永劫やりつ
 づければそれでよいのだ、靖国はむろん、千鳥ヶ渕にも、政府主催式典に
 も天皇・皇室はご縁が深いのだから、全体としてこれが現代日本であると
 見ればよい」

永遠にもどらぬかもしれぬ靖国本来のすがた、それを追い求め、恐らく来年
もまた、黒目さんにモノを投げつける人々は現れ出、それでも黒目さんは看
板にも植木鉢にも負けず涙目になることを是としつつ、お出かけになること
でありましょう。いまのままの靖国がつづけば、白髪になっても黒目さんは
涙目になることを是としなければなりません。つまりは、当會WEBの上記
の文章をもはや永遠に逃れることはできないのであります。
靖国新時代のいま、ほんとうは、左右共々、運動方針の転換を迫られている
ことを立ち止まって考えなくてはなりません。
さいごに、

|私は、そういった、戦没者遺族に対して、「戦没者は靖国にいって英霊に
|なった」などというのは、違うやろ、と訴えてきたわけですが。

という運動を実際福岡で展開し、遺族会から「このアカ野郎」と怒鳴られた
のは、黒目さんと一字ちがいのハンドルを持つ老舗右翼団体幹部でもある当
會會員であります。
下記投稿を読んで、当會會員ならば、鐵扇會ほど、黒目さんに対して真摯な
右の集団はないと思っていることでありましょう。聞くときも。そしてボコ
る時も。


そう言えば彼らは笑いながら襲撃をしていましたな
 名前:黒目 08/20 月 04:56:45

ひとつお聞きしたいが、
 私は戦没者遺族になります。遺族年金の受け取り資格とかにはなりませんが、私の爺さんの弟、という人物が戦死者です。この大叔父貴は、結婚前に死んだので子孫もなく、彼の事を記憶している人間もほとんど残っておりません。彼の事を弔っていくのは私しかいないことになり、自覚的にこの大叔父貴の戦没者遺族としての立場を引き受けていこうと考えております。
この人物の事を話す人間がいなくなれば、この人物はいなかったのも同然になってしまう、と考えるからです。
 で、その立場から、私は、腐った奴らの腐った「弔意」を拒否する。
国家の弔意や天皇の弔意を拒否しますし、看板を笑いながら投げる奴や、それを「にこにこと見つめる大方の日本人」といった外道に類する連中の弔意は断固として拒否します。
なぜか?それは彼らが、弔意を表すふりをして、死者の死の意味を自分に都合のよいほうへと奪い去ろうとしている薄汚い奴らであるからであります。
正午の黙祷とは、「政治的立場を超えた弔意を表す瞬間」ではなく、弔意が、全面的に奴らに奪い去られる瞬間なのです。
それに対して我々は怒りを持ち、抗議する、それを政治的プロパガンダなどと貶められるのは甚だ遺憾であるといわねばばりません。
 ここでお聞きしたいのですが、私の大叔父貴への弔意は、遺族である私のものか、あるいは、国家や、笑いながら人に怪我を負わせる「武闘派」の諸君や、その他諸々の愛国的とかいった諸君のものなのか、どちらであるとお考えか?
前にも書いたと思いますが、形式的には、靖国に合祀される、というのは、「徴兵されっぱなし」という状態であります。私は私の先祖を、そんな状態にしておきたいとは思いませんし、これは残された者がやらなければならない事である、と考えます。

最後に、貴会と討論しようというような左翼も、私ひとりであるらしい、という事も指摘しておきましょう。これは貴会の悪名高きクロスポストの成果というべきかどうか?(笑


お答え申し上げましょう
 名前:鐵扇會中央執行部 08/20 月 09:05:29

|ひとつお聞きしたいが、・・・(中略)・・・
|この人物の事を話す人間がいなくなれば、この人物はいなかったのも
|同然になってしまう、と考えるからです。

個人的なことを申し上げれば、これを書く私の場合も、黒目さんと同じ程度には
戦没者遺族ということになりましょう。「私の爺さんの弟」のくだりは全く同じ
であり、私の大叔父の場合はサイパン島で玉砕したそうであります。

|この大叔父貴は、結婚前に死んだので子孫もなく、彼の事を記憶している人間
|もほとんど残っておりません。

この部分もまったくいっしょであります。しかしながら。

|彼の事を弔っていくのは私しかいないことになり、自覚的にこの大叔父貴の戦
|没者遺族としての立場を引き受けていこうと考えております。

このくだりは少々事情が異なります。私の大叔父の場合は、幸いにして祖父の実
家が手厚くいまも弔っております。ただし、これは、当然「私的」に菩提寺にて
弔うという通常の先祖供養でありますが。
「私的」な場合は、それぞれの家庭で、その後の子孫がいかなる経緯をたどって
今に至るかによって、いろいろと事情はちがいましょう。それは、黒目さんとこ
れを書く私の生い立ちがちがうという意味以上の何物も意味はいたしません。
 したがって、黒目さんの大叔父さんへの鎮魂の気持ちはりっぱなものである、
と世間並みの礼儀をもってお答えするほかなくなってしまうということを、まず
はご理解下さい。

|で、その立場から、私は、腐った奴らの腐った「弔意」を拒否する。
|国家の弔意や天皇の弔意を拒否しますし、看板を笑いながら投げる奴や、それ
|を「にこにこと見つめる大方の日本人」といった外道に類する連中の弔意は断
|固として拒否します。

この気持ちも、感情としては理解はいたします。たとえば、靖国には2万余りの
朝鮮人の軍人・軍属が祀られておりますが、その分祀を提起しに来日した朝鮮人
の子孫たちがいることも、今回の靖国問題を通じて、大方の日本人が知るところ
となりました。また、そうした朝鮮人に対して、靖国神社の神職が
「お父さんの祀られている御霊に対して、お参りしていきますか」
と問い、それを朝鮮人の側が拒否した話なども巷間もれ伝わってきております。
 「拒否の意志」を伝えるためには、靖国神社と関わらなければならない----。
 そうしたパラドックスが存在することは、事実でありましょう。
 しかしながら、感情のままで運動をしていたのではだめなのであります。
 先に掲げた集団のなかに黒目さんがいたのかどうかは、下記の文面からでは、
判断はつきかねるのでありますが、こちらで要約した箇所にあるような狙いでタ
イミングをはかり「お約束通り」にボコボコにされるけしきを現出せしめせて見
せ、それをテレビカメラに撮らせたのであれば、それは黒目さんの純粋なる情感
とは別に、はなはだ手垢にまみれた左翼運動理論であると言わなければならない
でありましょう。
 「そこ」にいる人々の共有する常識にてらしあわせ、自分たちがそれを破るよ
うな挙動を敢えて当てこすりで強行すれば、「うざい」と思われるのは、あたり
まえの話ということになるほかないのであります。

|なぜか?それは彼らが、弔意を表すふりをして、死者の死の意味を自分に都合
|のよいほうへと奪い去ろうとしている薄汚い奴らであるからであります。

「薄汚い」などという主観的な形容詞を用いれば、水掛け論になるほかないであ
りましょう。被害者の立場からの政治プロパガンダ用語として、そうした主観的
形容詞を散りばめることもまた、現代の発達したメディア社会では、すでにさほ
ど有効な方法ではなくなったことを理解する必要がありましょう。

|正午の黙祷とは、「政治的立場を超えた弔意を表す瞬間」ではなく、弔意が、
|全面的に奴らに奪い去られる瞬間なのです。それに対して我々は怒りを持ち、
|抗議する、それを政治的プロパガンダなどと貶められるのは甚だ遺憾であると
|いわねばばりません。

当會の靖国WEBにさんざん書かれているように、左右ともに政治的プロパガン
ダの土俵として靖国問題をとらえるのはいいかげんやめたらどうか、というのが、
今回の当會の提言の骨子をなしております。
沈黙・静寂の瞬間をとらえ、一斉にシュプレヒコールの声を上げるというような
方法は、残念ながら悪名高い・手垢にまみれた現場戦術だと申し上げるほかない
のであります。また、その後の展開風景もまた、いつか見た風景の焼き直しにす
ぎないでありましょう。すべて「お約束通りのけしき」であり、そこではすでに、
大叔父さんを思う黒目さんの純粋無垢な精神はたいへん見えづらい状況になって
いると申し上げるほかはありません。

|ここでお聞きしたいのですが、私の大叔父貴への弔意は、遺族である私のもの
|か、あるいは、国家や、笑いながら人に怪我を負わせる「武闘派」の諸君や、
|その他諸々の愛国的とかいった諸君のものなのか、どちらであるとお考えか?

大叔父さんに菩提寺があり、そこで毎年供養されているのであれば、その次元で
は、遺族であるわれわれの私的なものでありましょう。しかしながら、死んだ理
由が「戦争」という公の物語をともなうものである以上、それが私的な死として
完結しづらいのが、靖国参拝問題の本質の一つであります。
すなわち、お尋ねのどちらでもあり得るからこそ、黒目さんは、毎年涙目になる
ようなけしきをまたぞろ今年も年中行事として見るはめになったと言えましょう。
靖国問題の本質いや8月15日の靖国の喧噪は、たとえて言えば、

「もはや死んでしまって二度と質問に答えてくれぬ恋人をめぐって、"私”を重ん
 じる黒目と"公"を重んじる白目とが決闘するようなものである」

と言えましょう。しかしながら、それでよいのか、毎年毎年、お約束通りに右翼の
暴力に血まみれになる黒目さんらのけしきがつづいてよいものか、というのが、当
會の提起した事の本質であります。

|最後に、貴会と討論しようというような左翼も、私ひとりであるらしい、という
|事も指摘しておきましょう。

ご安心下さい。8月中旬、当會には多数のご意見メ−ルが寄せられました。また、
鐵乃扉掲示板ほか、他の掲示板にも、黒目さんと似たような意見がいくつか寄せら
れております。さらに言えば、ジャーナリスト有田芳生氏の掲示板「憂国至情」で
は、人権派弁護士らと当会會員とが誠実な議論を10日ほど行っておりました。有
田氏は、当会WEBを10日間閲覧しており、日本テレビ系列の「ザ・ワイド」で
は「靖国新時代」という当会WEBのフレーズを何度も使っております。この掲示
板からだけで、70名の閲覧者が当会靖国WEBを閲覧し、有田氏と当会會員の間
では、誠実な対話がなされ、ほとんど意見は一致を見ております。また、シンパの
方々も2・3名現れ出ました。
Yahooの国内トピックに端を発し、そのBBSでもさかんに意見の交換がなされ、M
SNのコラムでも取り上げられております。衆議院議員は、113名がすでに党派
を越えて閲覧しにきております。
しかしながら、どうも控えめの方々が多いのか、わざわざ当会の掲示板にまで投稿
する人々は数名しかおりません。
以上、お知らせ申し上げました。

|これは貴会の悪名高きクロスポストの成果というべきかどうか

8月15日正午の黙祷時間中にシュプレヒコールの声をあげ、テレビカメラの前で
お約束どおりにボコボコにされるいつか見た靖国のけしきについて触れて、先にこ
うお書きいたしました。

 「そこ」にいる人々の共有する常識にてらしあわせ、自分たちがそれを破るよ
 うな挙動を敢えて当てこすりで強行すれば、「うざい」と思われるのは、あたり
 まえの話ということになるほかないのであります。

しかしながら、当會では、一滴の血も流さず、法律にもふれず、騒音もたてず、し
かも相手に削除や閲覧の是非という自由の余地まで残しております。政治運動の戦
術手段として、旧来の歴史をふまえた洗練したやりかたであると言えましょう。
掲示板とは、もともと

  bulletin board system = (学校・役所・会社の)掲示,告知;会報

という意味であります。また、当会には、カネ儲けを目的とした営業活動という弱
みもいっさいないことをご確認下さるよう申し上げておきましょう。物理的威力も
街宣車も使わずに、最大限の効果をあげる、それがIT時代の政治運動の最先端な
のであります。


感情が介在しない弔意などありうるのか
 名前:黒目 08/20 月 10:42:26

あなたは、それは感情の問題だ、といわれる。では何の問題なのか?
戦没者遺族は、我々遺族のものである以前に、厚生族議員だの、街宣車右翼だのといった連中のものなのか?
我々遺族は、あんな連中に死者を利用されて、黙っていなければならない理屈は、何処にもないと思いますが?
もう一つ、右翼が、反対派に襲撃を加えるようになってきたのは、この数年の傾向だと思います。
反発はあったでしょうが、それは「双方が戦没者遺族である」という前提は共有されていたのではなかったのか?
いつでしたか、平和遺族会の隊列に襲撃が加えられた、と聞いた時には、大きな衝撃を受けたものでした。
戦没者を弔うと称する式典のなかで、戦没者遺族自身が襲撃される、これは一体、どういう国家なのか、どういう連中があの場所を仕切っているのか、という事そのものを、問題にしていかなければならないような展開です。
少し前まで、右翼というのは「考え方の違う人」であって、正面の敵だという捉え方はしてはいませんでした。
結局は靖国が、そういった形での「改革」がされたのでありましょう。
私の敵は「公」などではなく、死者の意味を「私化」する奴らなのです。


回答申し上げます
 名前:鐵扇會中央執行部 08/20 月 19:40:01

|あなたは、それは感情の問題だ、といわれる。では何の問題なのか?
|戦没者遺族は、我々遺族のものである以前に、厚生族議員だの、街宣車
|右翼だのといった連中のものなのか?

当然の答え「否」を期待してのご質問でありましょう。当然、否であります。
当會の靖国WEBの付記の結びには、こうあります。

「毎年、終戦記念日の靖国周辺はかまびすしい。政治運動ショ−のけしきが
 展開される異様な空間となる。そこに参画する人々の感覚に即して、冷め
 た見方をすれば「あれもまたあれで一種の祝祭なのだ」ということにもな
 ろう。あるいは、おのれの社会存在をデモンストレーションするのが政治
 運動の第一歩である以上、あれはあれで民主主義社会では理解もされなけ
 ればならないとも言えよう。
 しかしながら、あのなかで、英霊は何を想うのか----。
 それを想像すれば、現代人をして十分すぎるほどの「恥ずかしさ」をもた
 らす風景であると言えはすまいか? おのれの短き生の末期に、おのれの
 死の意味づけを強いられ、それでも莞爾とした表情で、特攻機に乗り込み、
 敵艦に体当たりしていった過去の青少年たちに対し、「ようこそ小泉セン
 セー。ようこそ石原センセー」も、「軍国主義化やめろー 靖国参拝絶対
 ハンターイ」もともに、いくばくかの恥ずかしさを伴う後世の風景だと言
 えはすまいか?
 相互の政治存在の自己アピールとしてのデモンストレーションを認めるに
 しても、あるいはまた、いびつな形で展開されるきわめて現代的な一種の
 政治的祝祭空間であることを認めるにしても、靖国周辺に展開されるあま
 りにかまびすしい8月15日は、マスメディアも含め、英霊の最期を想えば、
 やはりそこにいくばくかの「含羞」はなければならぬように思う。
 幾多の英霊の最後の瞬間という原点に立ち返れば、この16年ぶりの首相に
 よる終戦記念日・靖国参拝では、後世のわれわれが、政治・宗教の立場を
 越えて、考えなければならない問題はあまりに数多い。
 発足後3年目、鐵扇會では毎年、終戦記念日前の日取りを選び、関東東京
 鐵扇會が會を代表して靖国神社に参拝する。昨年も、その模様を「鐵を語
 る板」に報告したが、8月上旬の靖国境内は、蝉時雨と高齢者の会話しか
 聞こえない実に静かな夏の昼下がりを現出させている。そのなかで、それ
 ぞれが幾度も足を運んだ遊就館を訪れる。物言わず、黙々と遺品をながめ、
 辞世に目を通す。静謐な時間がただ刻々と流れるのみである。
 こうした空気のなかに、靖国の原点はある。いや、なければならない。
 当會は、それを静かに信じ、16年ぶりの首相参拝のこの靖国の夏を、過ご
 したいと思う----。」

黒目さんが、当會の告知広報に刺激され、当會掲示板にご投稿下さるように
なったずっと以前の先月下旬に上は書かれ、先月末に公開されました。
 おそらく、この文章の底流を流れるわれらの真情と、黒目さんのそれとは
さほど遠くないものでありましょう。
 しかしながら、黒目さんは、自身お書きの「街宣車右翼」と等価・同列の
8月15日のけしきとして、

 それを想像すれば、現代人をして十分すぎるほどの「恥ずかしさ」をもた
 らす風景であると言えはすまいか? おのれの短き生の末期に、おのれの
 死の意味づけを強いられ、それでも莞爾とした表情で、特攻機に乗り込み、
 敵艦に体当たりしていった過去の青少年たちに対し、「ようこそ小泉セン
 セー。ようこそ石原センセー」も、「軍国主義化やめろー 靖国参拝絶対
 ハンターイ」もともに、いくばくかの恥ずかしさを伴う後世の風景だと言
 えはすまいか?
 相互の政治存在の自己アピールとしてのデモンストレーションを認めるに
 しても、あるいはまた、いびつな形で展開されるきわめて現代的な一種の
 政治的祝祭空間であることを認めるにしても、靖国周辺に展開されるあま
 りにかまびすしい8月15日は、マスメディアも含め、英霊の最期を想えば、
 やはりそこにいくばくかの「含羞」はなければならぬように思う。

の12行のなかに、お約束事の「仮象」としてすっぽりと収まっているわけ
であります。

 当會(関東東京鐵扇會)は、先に鐵乃扉掲示板に掲げたように、こうした
8月15日の風景を忌避し、小泉参拝の2日前の11日土曜日に、靖国参拝
を済ませました。そこで当會會員らが、ハングルの横断幕をもち、朝鮮民族
の衣装をまとった集団に対し、どういう精神と態度で接したかも鐵乃扉には
書かれております。
 当會は、当會としてできることにはすべて誠実にこれに取り組んできた、
お書きできるのはそれだけでありましょう。

|我々遺族は、あんな連中に死者を利用されて、黙っていなければならない
|理屈は、何処にもないと思いますが?

上記重複引用の箇所を再読下さい。「黙っていなければならない理屈」は当
然ないからこそ、黒目さんは、その日、靖国神社周辺へと赴き、武運なく負
傷されたのでありましょう。
当會は今回「靖国新時代」を提言いたしましたが、これを是とせずに、この
ままの状態を放置すれば、そうしたけしきは今後も永遠につづくだけの話で
あると申し上げるほかはありません。

|もう一つ、右翼が、反対派に襲撃を加えるようになってきたのは、この数
|年の傾向だと思います。反発はあったでしょうが、それは「双方が戦没者
|遺族である」という前提は共有されていたのではなかったのか?

その通りであります。バランスの取れた約束事にのっとった戦後昭和の健全
な風景は、平成の御代になってから徐々に崩れることになったと言えましょ
う。
すでに書いたことでありますが、いまのままで靖国を放置すれば、カルト化
する危険がある、とは当會會長のことばであります。靖国国家護持の道筋は、
WEBにもあるように、戦後日本の前半期においては、当時の生存者による
復古・郷愁といったものに影響されておりましたが、当會が提案するいまの
国家護持の必要性は、昭和49年の廃案当時とはまったく別の道筋で生まれて
きたものであります。
第二のオウムとしないためには、国家護持しかない、ということなのであり
ます。

|いつでしたか、平和遺族会の隊列に襲撃が加えられた、と聞いた時には、
|大きな衝撃を受けたものでした。

現時点では、「いつ、どこで、だれが、どのように、どういう目的で、それ
をなしたか」を把握・確認していない情報でありますから、ご返答のしよう
はありません。
ただし、一般論で申し上げるなら、少なくとも戦に行ったじいさんがたをそ
の現在の政治性のありかたから批判・非難・糾弾できるのは、やはり戦に行
った同じじいさんたちであり、戦後の平和の恩恵のなかに育った者どもは、
たとえ平和遺族会がどんな政治的発言をしようとも、沈黙を守ることが後世
の人間として品格ある精神だと言えましょう。
 先に書いた有田芳生氏の掲示板「憂国至情」において、当會會員は、参議
院議員を引退した田英夫氏の特攻隊の話を引用した他の人権派弁護士の投稿
に批判を加えませんでした。おそらくは田のファンであろう、その投稿者に
対して長年の参議院生活の労をねぎらっただけであります。
 当會としては、当會ができることはすべて誠実に淡々と行うのみである、
としか申し上げようはないのであります。

|戦没者を弔うと称する式典のなかで、戦没者遺族自身が襲撃される、これ
|は一体、どういう国家なのか、どういう連中があの場所を仕切っているの
|か、という事そのものを、問題にしていかなければならないような展開で
|す。

これについては、当會と黒目さんとでは、さほど見解の差違はないでありま
しょう。ほとんど一致していると言えます。

|少し前まで、右翼というのは「考え方の違う人」であって、正面の敵だと
|いう捉え方はしてはいませんでした。

ただしいご理解だと思います。そうした理解のしかたは、左右だけではなく、
中韓両国に対しても持たねばなりません。

|結局は靖国が、そういった形での「改革」がされたのでありましょう。

だとするなら、当然「改革」ではなく「改悪」だと言わなければなりません。
当會の今回のWEBにある提言のごとく、是正していく必要がありましょう。

|私の敵は「公」などではなく、死者の意味を「私化」する奴らなのです。

この点も、当會の今回の立場とほとんど一致しております。政治的立場は異
なっても、黒目さんの真情のこもった投稿と、それに対する当會の御返事の
やりとりを読むことは、浅薄な保守ブームのあおりで入会しただけかもしれ
ぬ当會若手會員らには、貴重な勉強会になっているはずだという期待をこめ、
黒目さんにも茲に感謝申し上げる次第であります。

*ただし、右翼を挑発し、テレビカメラに自分たちがやられているところだ
 けをを撮影させるというような現場での政治戦術は、メディアリテラシー
 が発達した現代、有効な戦術だとは到底思われません。痛いだけでありま
 しょう。
 上記引用にあるように、8月15日の靖国を政治的祝祭の場として位置づ
 ける点では、黒目さんにモノを投げたほうも、投げられた黒目さんのほう
 も、ともに英霊の前では「死者の意味を私化」する兄弟姉妹の関係にある
 ことを、当會WEBでは事前に証ししてみせております。
 暴力をあえて呼びこむ戦術をとり、暴力を呼びこみ、もって既存メディア
 の力を拝借し、右翼の逆宣伝に活用する、「みなさん、右翼なんてこんな
 ものだぞー」とふれて回る----来年の8月15日は、もっと別のやりかた
 で、黒目さんがその純粋さを生かすため、いっそうの御奮闘・ご発展を期
 すことを最後に念じるばかりであります。


貴會掲示板を汚してしまいましたことをお詫び申し上げます
 名前:小川寛大 08/21 火 01:39:28

こんばんは。先に東京にある寺社についての質問をさせていただきました小川寛大です。

結局私は八月十五日、早朝に靖国に参り、正午には明治神宮に居りました。大変に静かで趣深い場所で御座いまして、私自身としては良い時を過ごせたと思っております。
ただ、今回の私の投稿に対し、貴會より結局ご回答を頂くことはできませんで、これは矢張り、この掲示板の性格にあわぬ場違いなことを書いてしまい、且つ八月十五日に靖国以外に参拝の場を求めた、私という不出来な人間に対する、貴會よりの無言の叱責であったのであろうと感じ、今自分の愚かさを恥じ、反省することしきりです。
謝罪してすむようなこととも思いませんが、どうか貴會掲示板を不要に汚してしまったことに対し、お許しを頂ければ幸いです。

最後に、靖国神社を歌った昔の歌を一曲、今では全く忘れ去られてしまっているもので、お楽しみ頂ければ幸いです。

「招魂社」(明27)
 作詞:池辺義象(1861-1923;著作権保護期間切れ)
 作曲:上真行(1868-1937;著作権保護期間切れ)
http://village.infoweb.ne.jp/~fwhk4659/shokon.mid

 国のみためにますらおが
 水づく屍ときえぬとも
 きよきその名は万代の
 末までとおく流るべし

 君のみためにますらおが
 苔むす屍と朽ちぬとも
 高きその名は八千代まで
 仰がぬものはなかるべし


貴會のご発展をお祈りして。
では。


そうではないのであります
 名前:鐵扇會中央執行部 08/21 火 02:03:04

小川寛大さん、下記投稿に、

|この掲示板の性格にあわぬ場違いなことを書いてしまい、且つ
|八月十五日に靖国以外に参拝の場を求めた、私という不出来な
|人間に対する、貴會よりの無言の叱責であったのであろうと感
|じ、今自分の愚かさを恥じ、反省することしきりです。

とありますが、まったくそのようなことは必要ないのであります。
小川寛大さんと当会とは、発足当初からの知り合いであり、いまま
での交流から、その思想傾向・精神・性格などにかんがみ、上京後
もお好きな神社を見つけることぐらい小川寛大さんなら造作もない
ことであろうという判断や、また8月中旬の当会の多忙による執行
部の手薄な状態などもあいまって(小川さんの投稿された11日は
鐵乃扉にあるように、関東東京鐵扇會の靖国参拝の日でもありまし
た)、たまたま「無言」になったということにすぎません。
さらに言えば、神社や神道にくわしい會員ないしは当會周辺の投稿
者がたまたま小川さんの投稿を見過ごしたなどの事情も考えられま
しょう。
鐵扇會中央執行部がお答えするのは、当會活動に関する質問に対し
てのみであり、それ以外の話題については、従来通り、會員及び外
部者の個人的な自由投稿にいまも任せております。
したがって、下記の一件で、ご自分を責めるようなことは一切必要
ないと申し上げなければなりません。

8月15日、早朝に靖国へと赴き、正午には明治神宮に居た、とい
うその精神・感覚には非常に貴重かつ純粋なものを感じるものであ
ります。今後とも当会をよろしくお願い申し上げる次第であります。


対立点をはっきりさせていきましょうや
 名前:黒目 08/22 水 00:57:47

要するに、貴会の主張は、靖国神社国家護持へと収斂する。
1968〜1974年の国家護持法案は、間違いなく、「生存者による復古・郷愁」を組織化する為に生じた事態であった。しかし、いまの靖国を巡る事態は、その当時に比してましな状態であると言いうるでしょうか?現状の靖国への参拝者は、コスプレ右翼の諸君に見られるように、戦争を知らない世代による戦争ごっこではないか。
遺族会に組織された人々が、悉く、あの戦争は聖戦であり、自分の家族や友人は、国のため、天皇のために死んで英霊になった、という考えを持っているかというと、それは全くの間違いであります。良くも悪くも、戦争を現実に知っていた人々は、戦争というのが、どういうことであったか、を知っていた。彼/彼女らは、自分自身の意識としては、亡くなった人を追悼する、という目的で靖国を必要としてきたのです。

貴会の言われる、「状況の変化」というのは、この世代が高齢化し、死んでいなくなっている、という事を指しておられると思います。それでは、いま、靖国を必要としている人々とはどういった層であるのか?
それは先に書いた、「外道に類する諸君」、高齢者に対してすら暴行をふるい、「国の為」だの「日本から出て行け」等と吐いて笑っている類の連中こそが、いま、現在、靖国を必要とする層なのではないのか。
無論、ここで、私の行った行動について、「時に植木鉢を、時に店の看板を、時に脚立を手に手に取り、そうした不届きな集団に投げつけたとしても、これは大方の日本人がにこにこと見つめるほかない瞬間であったと言わなければならないでありましょう。」「ドキュメント「黒目、涙目になる」とでも名付けられる」などと論評される貴会についても、この層から特別に除外するべき対象であるとも思えません。貴会も、貴会の主張も含めて、「お約束的光景」から逃れえているわけでは全くなく、戦没者遺族の存在を始末してしまおうとするひとつの潮流であるとしか理解できません。
即ち、私は、貴会のような靖国神社の新位置付け構想は、靖国神社のろくでもないもんへの純化としか読めないのですが。


お答えいたします
 名前:鐵扇會中央執行部 08/22 水 03:50:52

|1968〜1974年の国家護持法案は、間違いなく、「生存者による復古・郷愁」
|を組織化する為に生じた事態であった。

過日お書きしたように、そのとおりであります。ただし、細かなことを書くの
であれば、当會「靖国参拝問題特別企画」=>「政府自民党側資料」の2の年
表にあるように、自民党が国家護持のための特別委員会を設置したのは、昭和
39年。法案提出は昭和44年のことであります。

|しかし、いまの靖国を巡る事態は、その当時に比してましな状態であると言
|いうるでしょうか?

 むしろ反対でありましょう。
 大東亜戦争の将官すら多数生きていたあの時分には、戦争の記憶は、国民の
なかにあって左右共にリアルさを維持しており、それは死者への一種の礼節の
もとに左右の政治的立場や神仏の宗教的立場を越える国民的了解事項ともなっ
ていたと言えましょう。

|現状の靖国への参拝者は、コスプレ右翼の諸君に見られるように、戦争を知
|らない世代による戦争ごっこではないか。

 その通りなのであります。18日土曜日、当會のある若手會員が「鐵乃歩武」
掲示板になした投稿が削除されました。削除の説明を會員掲示板に行った際に、
当會會長は、その投稿者に対しこう書いたのであります。

>強がりの コスプレやりたいだけで 右翼なりたいなら
>コミケに行け
>8月15日の 靖国と似たよなもんだから

 当會の見解と黒目さんのそれとはまったく同じであることに、当會會員はいま
驚いていることでありましょう。すなわち、今から30年前とはすでにちがう靖
国神社周辺になっている、という危機感の問題なのであります。

|遺族会に組織された人々が、悉く、あの戦争は聖戦であり、自分の家族や友人
|は、国のため、天皇のために死んで英霊になった、という考えを持っているか
|というと、それは全くの間違いであります。

どちらの遺族会の話かは判別がつきませんが、靖国活動の準備期間中、こうした
投稿が會員掲示板か執行部内のメールかでありました。

「日本遺族会のなかには、A級戦犯の合祀には反対だという人々が少なからずい
 る」

平和遺族会なら、なおさらでありましょう。この点でも、当會と黒目さんの認識
に相違はありません。

|良くも悪くも、戦争を現実に知っていた人々は、戦争というのが、どういうこ
|とであったか、を知っていた。彼/彼女らは、自分自身の意識としては、亡くな
|った人を追悼する、という目的で靖国を必要としてきたのです。

そのとおりであります。先に記したように、リアルさが欠如して、昨日書いたよ
うにカルト化する危険が靖国周辺に生まれてきている、というのが当會の靖国活
動の主たるモチベーションであります。

|貴会の言われる、「状況の変化」というのは、この世代が高齢化し、死んでい
|なくなっている、という事を指しておられると思います。それでは、いま、靖
|国を必要としている人々とはどういった層であるのか?
|それは先に書いた、「外道に類する諸君」、高齢者に対してすら暴行をふるい、
|「国の為」だの「日本から出て行け」等と吐いて笑っている類の連中こそが、
|いま、現在、靖国を必要とする層なのではないのか。

そのとおりであります。つまり、すでに相当カルト化しはじめている。これは憂
えるべき事態ではないのかというのが、今回の靖国活動での提言「対・靖国神社」
と「付記」に記された当會の真情なのであります。したがって、当會は、11日
に参拝をすませ、朝鮮の民族衣装を着て、悲しげに「アリラン」を歌う人々に静
かに付き添い、大鳥居下で行われたその演説を最後まで聞き届けたのであります。
くわしくは鐵乃扉掲示板をご覧下さい。

|無論、ここで、私の行った行動について、「時に植木鉢を、時に店の看板を、
|時に脚立を手に手に取り、そうした不届きな集団に投げつけたとしても、これ
|は大方の日本人がにこにこと見つめるほかない瞬間であったと言わなければな
|らないでありましょう。」「ドキュメント「黒目、涙目になる」とでも名付け
|られる」などと論評される貴会についても、この層から特別に除外するべき対
|象であるとも思えません。

トヨタビルの前にいた一団のなかに、黒目さんがいたと解釈してよろしいのであ
りましょうか? 御返事がないため、この問題にはふれませんでしたが、そう解
釈してよろしいならば、再度、申し上げましょう。

>政治的には(単に音声学上の効果の問題でありますが)その場で文字通り最大
>効果をあげ、もって右翼への挑発とも化し、結果、自分たちはやられるであろ
>うが、やられたらやられたでよい、今度はそのケガをもって、政治的プロパガ
>ンダのネタにできるのだから。
>しかも、よもや殺されることはあるまい、なぜなら、その場には警察がいるの
>だから・・・。

>暴力をあえて呼びこむ戦術をとり、暴力を呼びこみ、もって既存メディアの映
>像インパクトの効用を拝借し、右翼の逆宣伝に活用する、「みなさん、右翼な
>んてこんな>ものだぞー」とふれて回る

これは、手垢にまみれた、厚顔無恥なる運動戦術にすぎないのであります。来年
はおよしなさい。そう申し上げるだけであります。

|貴会も、貴会の主張も含めて、「お約束的光景」から逃れえているわけでは全
|くなく、戦没者遺族の存在を始末してしまおうとするひとつの潮流であるとし
|か理解できません。

虚心坦懐に当会WEBの「対・靖国神社提言」と「付記」を、もう一度再読され、
熟慮下さい。ああした提言や問題提起をした(いわゆる)右サイトやBBSが他
にありましょうか? 新聞社やテレビ局がありましょうか? 一つもないのであ
ります。
われらが目指したのは、ただ一つ、戦後昭和の健全なバランスとリアリティ、そ
れを戦争への想像力とともに回復しつつ、カルト化する靖国神社及びその周辺を
批判的にとらえる目を育てることであります。
11日に靖国参拝をすませ、あなたとこうして真摯に語り続ける当會の立場を虚
心坦懐に見つめなおしてくださることを茲に切望するものであります。

|即ち、私は、貴会のような靖国神社の新位置付け構想は、靖国神社のろくでも
|ないもんへの純化としか読めないのですが。

靖国神社が一民間宗教法人にとどまるかぎり、国にも社会にも、そのカルト化を
防ぐ術はありません。民主主義社会での放恣な「宗教的自由」のなかへと逃げこ
まれ、はげしい軍国主義オタクの聖地として、コスプレと組織暴力の祭典の場で
ありつづける一方、自民党院外団が利権や票を求めてうろちょろしつづけるだけ
の話であります。
30年前なら、国家護持の必要なんぞはありませんでした。しかし、いまはそう
ではないのであります。局所的高温の状態から解放し、うすく広くの元の状態へ
と戻さなければならない、それが当會の意図するところなのであります。


「ネズミにかじられた、どうしてくれる」
と言われたリスは困りましょう。リスはリスとして、ネズミとはちがう行き方を
誠実に行っているにもかかわらず、
「だって、お前らは似たような生き物じゃねえか、おんなしだい」
と言われても、リスは苦笑するほかありません。せいぜい誠意をこめて
「ネズミの出そうなところに面白がって行って、かじられたのでは世話はない、
 来年からおやめなさい、ネズミだって必死に生きているのでありますから」
と申し上げるほかはないのであります。
 当會は、当會としてできうることを、今後も誠実に淡々と行うのみである、と
最後に申し上げておきましょう。


かなり具合悪いので、ぼつぼつとさせてもらいますが
 名前:黒目 08/25 土 21:27:52

貴会が、靖国神社がカルトの聖地となることを危惧されている、という立場であるのはよく理解しました。
しかし、そこから導かれる結論が、靖国の国家護持、というのは理解しがたいですね。それはカルトが国家の後ろ盾を得る事に直結するのではないのでしょうか?
明治維新の際にも、政府は神道の国教化というものを目指した訳ですが、とんでもねー電波飛びまくりの「国学者」とかがうじゃうじゃ集まってきた為に、結局は挫折しています。
また、昭和初期のファシズムにおいても、天皇制=神道が、「批判を許されない」イデオロギーとなる事により、国のやることに誰も反論出来ない国家が出来、1945年の事態を招いた、と考えています。
靖国国家護持は、寧ろ、カルト化した部分に力を与える結果にしかならないと思いますが。


黒目さん、御身大切になさるのが肝要であります
 名前:鐵扇會中央執行部 08/26 日 06:18:42

 お身体の具合がすぐれないとのことでありますから、十分回復なさったら、
「元気になりました」とでも「治ったよ」とでも、ふたたびご投稿下さい。
 それを合図に、下記投稿への御返事をさしあげます。
 多数の閲覧者があるにもかかわらず、さいわい、鐵扇會掲示板のログの流
れは、ゆったりと流れております。思想や運動、インターネットのことはし
ばし忘れ、この熱かった夏の終わり、心身ともにゆっくりとお休みくださる
よう申し上げる次第であります。


いや、タダの風邪ですので
 名前:黒目 08/26 日 09:49:38

煙草が吸えないので頭の働きはめちゃめちゃに低下してるだけの話ですので、書いておいていただければ、ボツボツと考えさせて戴きますよん。


それではお答えいたします
 名前:鐵扇會中央執行部 08/26 日 11:53:37

|貴会が、靖国神社がカルトの聖地となることを危惧されている、という立場で
|あるのはよく理解しました。

ご理解下さり、何よりであります。政治的立場のちがいを越えて、黒目さんから
こうした一文を得られたことの意味は非常に大きく、これだけでも、今回の黒目
さんとのやり取りは当會にとって意義深いものとなったと言えましょう。

|しかし、そこから導かれる結論が、靖国の国家護持、というのは理解しがたい
|ですね。それはカルトが国家の後ろ盾を得る事に直結するのではないのでしょ
|うか?

"カルト"というのは、そもそも「熱狂」を意味いたします。また、民間に発生し、
カリスマ性の強い指導者をあおぎ、運動や宣教がしだいしだいに過激化し、世間
の常識から乖離していくなどの側面もまた巷間しばしば指摘されるところであり
ます。
たとえば、オウム真理教事件などの場合、マスコミ報道のしかたにしても、ある
いはまた法曹界にてその信者救済にあたった弁護士たちの世界観などにしても、
その特徴は、

  伝統・常識といった人口に膾炙した匿名の価値体系

          vs

  麻原によって植えつけられた人工的な価値体系

の相克という側面を示したことであります。つまり、前者をもって後者をぼこる、
という図式が社会的に広く行われたと言えましょう。
すなわち、個人を特定することのできないまま、長年の歴史伝統によって広く社
会的に(国家という枠組みで考えるほかないにしても、そのなかで)培われた一
般的で常識的な価値体系、その対極に特定個人の力によって発生したときはじめ
て、そのものに冠せられる定義、それが"カルト"ということになりましょう。
 ひるがえって、靖国を見るに、それはもともと官国弊社でありました。昭和前
期の一時期、戦時下という不可避な「熱狂」の状態をすごしたにせよ、明治〜昭
和の平時においては、大方の庶民にとっては、安岡章太郎の「サーカスの馬」の
舞台ともなるような神社でもあり、国の施設でもあったのであります。
 陸軍省・海軍省という国が管理していたにしても、ごくごく自然な形で庶民に
受け入れられていた場所だった----そういう歴史もまた確かに存在しているわけ
であります。
 戦後日本社会のイメージでは、靖国神社のすがたはしばしば戦争の熱狂と重な
りあって浸透しておりますが、靖国神社があったから戦争が起こったなどという
ばかな話は当然成り立たないことは言うまでもないことであります。

|明治維新の際にも、政府は神道の国教化というものを目指した訳ですが、とん
|でもねー電波飛びまくりの「国学者」とかがうじゃうじゃ集まってきた為に、
|結局は挫折しています。

宗教関係のインターネット掲示板に気違いが多いことは、当會會員でなくても、
大方のネットユーザーが認めるところでありましょう。いわゆるデンパと呼ばれ
る種族であります。
さて、先に紹介したような専門家の會員もしくは当會周辺の宗教と歴史に詳しい
投稿者の方々に詳細は任せますが、もしも黒目さんがお書きのように「国の挫折」
があったとするならば、それは何より、国というものは、バランスを欠いたカル
トには与さないものであるという歴史的事実がまさに明治期にもあったというこ
とになりましょう。
その是非は別にして、国の行政には健全なバランスというものが何より必要であ
るとの好例として、実にけっこうなものであると申し上げるほかありません。

|また、昭和初期のファシズムにおいても、

西欧で言うようなファシズムが日本にあったというのは、見解が分かれるところ
でありましょう。靖国参拝問題に関して、歴史認識に踏みこむことを当會は戒め
て活動にあたったことは再三書いておりますが、このあたりはご理解下さい。

|天皇制=神道が、「批判を許されない」イデオロギーとなる事により、国のや
|ることに誰も反論出来ない国家が出来、1945年の事態を招いた、と考えて
|います。

コメントは差し控えましょう。「朝まで生テレビ」の出来損ないのような、参考
文献をかたわらにネットで口げんかをくりかえすだけの幼稚な精神の史観論争に、
当會は興味を持ちません。左右のイデオロギーの時代は終わった、すべては俯瞰・
包括されるべき時期に入っていると考えるものであります。
すなわち、靖国参拝問題をイデオロギーや歴史認識で語るべき状況ではもはやな
い、それよりもいかにしたら、憲法の政教分離とA級戦犯合祀という二大障害を
クリアし、中韓に説得力ある外交を展開できるか、すでに淡々とした事務的・技
術的レベルに入っているというのが当會の認識なのであります。
靖国参拝問題と教科書問題とを同レベルで論じるような愚は決して犯さない、こ
の問題は一重に、

 日本の戦後史

という、いまを生きるわれわれの問題であって、昭和前期までの日本近代をいか
に見るかという史観問題に矮小化してはならない、というのが、当會の靖国活動
準備段階から話されてきた前提となっているのであります。


昭和の日制定ご協力のお願い
 名前:Malayan/鐵扇會 08/27 月 19:04:19

 鐵扇會では、4月29日を「昭和の日」として制定すべく、毎月29日を運動日
として各企業にはバナー添付のお願いを、また自民、民主、自由3党に対し要望メ
ールの送付を呼びかけております。

 各政党への要望活動に関しまして、皆様のご協力よろしくお願い申し上げます。

 以下に、呼びかけの文例と各政党へのメール送信アドレスが御座います。
 ご活用いただければ幸いです。

       該当WEB


イデオロギー対立は終わった?
 名前:黒目 08/27 月 21:18:57

>左右のイデオロギーの時代は終わった、すべては俯瞰・包括されるべき時期に入っていると考えるものであります。
 と言われる。しかし、先だってのワールドカップ云々のどこやらに、
>ただ 皇室ネタは やめれ ほんとに へんな道具 持って にこにこしながら そゆーWEBのオーナーのとこ 行きたがるおともだちは 大勢 いっから
 と貴会は書かれている。この立場は、特定の政治的立場を抑圧しようとする、イデオロギー的立場でなくて、なんでありましょうか?
 真に、「イデオロギー対立の時代は終わった」のであれば、変な道具持って走る必要も無ければ、このような釘を刺す必要もないでしょう。
 貴会はこのように、明白に一定の政治的イデオロギーに立脚した立場に立っておられる。ここで、「靖国神社に関して」のみ、イデオロギー対立の時代は終わった、などというのは、御都合主義と言うべきではないでしょうか?

 例えば、現在、立川自衛隊基地の隣に、昭和記念公園があります。これは平時には庶民の憩いの場として機能していますが、有事の際には自衛隊の動員計画の為に使用される事を念頭において確保された敷地である。その事実を有事の動員計画という観点から見たときに、「これは庶民の憩いの場だから」という理由でその機能を無視しようとしても、これは無意味である、というべきでしょう。
同様に、靖国が庶民の憩いの場であった、という事実は、我が国が戦争を遂行するための装置として靖国神社が機能した、という事実を否定するものにはなりえません。

 もう一つ、日本が対米開戦に踏み切った際、少なくない日本人が、軍部の人間も一部含めて、「勝てない」という事を認識していた、という事実があります。
では、なぜ、日本は勝てない戦争にのめりこんでいったのか?
それは、下の発言に対応しますと、国家がカルト化していたから、というべきなのではないでしょうか?
オウムの例が引かれましたが、オウムがやったことと、日本がやったことの間に、即ち、やけくそで勝てもしない戦争に突入する、という点において、構造的にどれだけの差異があるでしょうか?
 ちなみに、明治政府がわけのわからん国学者連中をかき集めて、神道を国教化しようとした時、廃仏毀釈令、神仏判然令により、多くの寺社が破壊されました。これは、王政復古どころか、「蘇我・物部」の対立、天皇が絶対権力として未だ確立していなかったような時点にまで、文化的歴史を引き戻し、その間に培われた文化の一切を否定しようとする運動が行われ、これは実際に行われた訳です。仏教寺院のみならず、多くの、まさに「八百万の神々」、それこそ、山の神様とか石の神様とかを祀った神社が、「淫祠邪教の類である」とされ、廃棄された。天皇制に関わりのある、古事記とか日本書紀とかに出てくる神様を祀っている神社のみしか、存続を許されなかったのです。
 そして、この運動は、天皇の権威の絶対化を確立する運動として、成功し、現実に機能していった。その結果が、国家総体のカルト化、という事態を招いた、という風に捉えるべきである、と考えます。
 天皇に関わる神道儀礼は、多くはこの時期に「再発見」されたものである、現実には数百年もの間、行われていなかったものであり、多くの我が国の文化的伝統は、この時期に破棄されてしまったものである。とみるべきでしょう。


思想としては終わっているのであります
 名前:鐵扇會中央執行部 08/28 火 04:37:37

黒目さんにお答えします。

|イデオロギー対立は終わった?

終わりました。10年以上も前に、であります。日本の新聞・テレビが(教科
書問題や靖国参拝問題など限られた報道分野であっても)それがまだあるかの
ように書きたがるのは、日本メディアの"55年体制"とも言うべき旧弊であって、
要するに人々が手慣れた親近感から安心して面白がるのを知っているからに他
なりません。すなわち、すでに思想上の問題ではなく、商習慣上の問題だと言
えましょう(小泉は、その点、メディアを逆利用することに成功した希な保守
政治家でありました。森が靖国参拝をすれば、これはぜんぜん違う文脈の、ぜ
んぜん異なる社会問題と化したことは明らかでありましょう)。
「天皇制打倒」と叫ぶ者たちもめっきりと減り、統制経済を目指す者は相手に
されようもなく、労組は解体寸前であり、階級闘争もありえぬこの現代社会に
あって、いまだイデオロギーの時代は終わっていないなどと叫ぶ者どもは、ほ
とんどいまの日本には存在しない、これが世間的に見た常識でありましょう。

尚、黒目さんご指摘の当會WEBの当該箇所につきましては、誠実な忠告とし
てさしあげたものであります。当會は、170からの會員を抱える大所帯であ
りますから、そのなかに潜む危険性・可能性をかんがみ、こういうことをやっ
たらこういうことになる危険がある、気をつけたほうがよいということを誠実
に関係諸氏に対して指し示したわけであります。
当会は、インターネットに起こったIT時代の政治運動でありますから、會員
各自がどういう行動を起こすのかをすべて把握することは到底困難であります。
したがって、あらゆる可能性を考えて、関係方面にそうしたメッセージを発す
ることもまた會としては肝要であるとの判断から書かれた部分なのであります。

|例えば、現在、立川自衛隊基地の隣に、昭和記念公園があり・・・・・・・
|・・・・・・・これは無意味である、というべきでしょう。

たとえば、地下鉄の国会議事堂駅は、有事の際の核シェルターとして利用され
るのだとか、あの線は練馬・朝霞ともつながっていて怪しいだとか、そうした
小林久三=>2ちゃんねる的な発想・感覚に、当會はおつきあいはいたしませ
ん。有事の際にどのような施設利用がなされるのかは、有事を乗り切るために
必要な一種の「合理主義」にひとえにかかってくるのであって、イデオロギー
の問題ではありえないのであります。

|それは、下の発言に対応しますと、国家がカルト化していたから、というべ
|きなのではないでしょうか?

再度お書きしますが、"カルト"とは、民間に発生した一熱狂形態のことであり
ます。国家がカルト化するというのは、したがって「きょうは雲一つない雨模
様だ」と言うに等しい言い方であります。
国家がカルト化していたのではありません。当時は戦時下だった----この一言
ですべてなのであります。有事の際には、先にも書いたように、存在するもの
はありとあらゆる形で活用するという究極の合理主義が働くことがあります。
そのために、靖国神社も機能した、のであって、靖国があれば戦争が始まる、
軍国主義につながるということがありえないことは、8月15日に靖国に公式に
参拝した中曽根政権の昭和60年以降のわが国の歴史を見れば、すでに明らかで
ありましょう。
当会WEBには、昭和60年当時の新聞見出しの一覧が掲載されております。

該当WEB

当時の社会党は「軍国主義化につながる」と猛反対したのでありますが、その
後、16年、日本は軍国主義化したでありましょうか? 否であります。
靖国問題のほとんどすべては、このようにすでに戦後日本の問題と化している
のであります。すなわち、それは歴史認識の問題ではなく、政治的プロパガン
ダやマスコミによる扇動は、どのような言語構造をとって立ち現れてくるかと
いう問題へと、すでに発展していると言えましょう。イデオロギーの問題では
ないのであります。

|もう一つ、日本が・・・・とみるべきでしょう。

毎日のように書いておりますが、当會の今回の活動は、靖国問題を論じるにあ
たって歴史認識に踏み込まず、という線でやっております。
どうすれば、政教分離をクリアできるか、どうすればA級戦犯合祀について中
韓の理解を得られるか、また靖国神社自体に現代社会における問題点はないの
か、こうした具体的観点に立っての活動であり、せっかくいっぱい書いていた
だいて相済まないのでありますが、そういう話は史観右翼・教科書右翼の掲示
板の方が向いているとご忠告さしあげるほかはありません。
むしろ、生産性のあるやり取りとしては、黒目さんの国立墓地構想の具体性に
ついてであるやもしれません。


イデオロギーとは、左翼のイデオロギーのみをさす言葉ではありません
 名前:黒目 08/29 水 00:25:22

そうであれば、「天皇への批判は許さない」というようなイデオロギー的立場は、1945年の時点で、「終わっている」というべきでしょう。天皇に表象される「日本的なるもの」を、現在の日本で発見するには、天皇制打倒を主張する人間を発見するよりも困難であると思われます。
「変な道具を持っていく奴がいるかも知れない」という事態に対する対応、あるべき忠告としては、「変な道具を持っていったりするべきではない」というのが世間一般の普通の対応であり、「天皇への批判をするべきではない」などというのは、著しく「イデオロギー的立場」であると思いますが?

また、中曽根の靖国参拝にふれられました。首相が靖国に参拝するというのは、別に軍国主義化する為のおまじないではありません。
>有事の際には、先にも書いたように、存在するものはありとあらゆる形で活用するという究極の合理主義が働くことがあります。
この体制の事を、総力戦体制と呼びます。戦争が武士や騎士の職業であった時代とは異なり、近代の戦争は徴兵された民衆が直接に殺し合い、戦争を支える「銃後」の民間をも相互に破壊し合う、という形態をとります。そこで、国家は、いうところの「軍国主義化」する為には、総動員体制を整えなければならない。戦争に反対する階層や組織を破壊し、有事の際には戦争に協力する組織を張り巡らせ、民衆に対して、「国家の為に死ぬのはよいことである」というイデオロギーを撒かなければならない。
中曽根がやった、労働運動への攻撃は、この戦争反対勢力を破壊することであり、靖国参拝は靖国のイデオロギー装置としての復活を目指したものであった、と、こういう形であるわけです。中曽根は彼の目的を十分に果たした、と言えるでしょう。

>"カルト"とは、民間に発生した一熱狂形態のことであります。
天皇信仰が、少なくとも明治維新の時点まで、国学者のカルト的信仰に過ぎなかった、という事をどうお考えでしょうか?この「尊皇」というイデオロギーは明治維新の革命家達によって発見され、利用されたわけですが、その思想が自ら展開し、昭和初期までに国家総体を飲み込んだ、というように考えているのですが。
日本の伝統という事では、天皇絶対主義ではない伝統が、建武の新政の敗北以後、明治維新まで500年の伝統があります。


お答えいたします
 名前:鐵扇會中央執行部 08/29 水 05:53:03

 黒目さんとのこれまでのやりとりをいったん整理しておきましょう。
 今回の小泉のように、靖国参拝を言い出す首相が今後も現れる可能性がある
以上、また靖国神社が民間の一宗教法人である以上、「政教分離」「A級戦犯
合祀」----この二つの障害をクリアし、靖国新時代とも言うべき今、具体的に
靖国参拝問題への道筋をつけていくためには何が必要か、それが今回の靖国活
動の鐵扇會骨子であったことは再三再四述べてまいりました。
 一方、黒目さんサイドでは、その前に「ちょっと待て、靖国のイデオロギー
はもともとこうだぞ」というのが、その主な立脚点となっております。
 しかしながら、ここでふたたび、当會WEBをご覧になれば、誰の目にも次
のことが明らかになりましょう。

 鐵扇會は、いまのままの靖国を全肯定しているどころか、相当に手厳しい靖
国提言を行い、鎮霊社に西郷をいまだ分祀していることなどを、いまの世にあ
わぬ手垢にまみれた「天皇制イデオロギー」の悪弊である、と言い切っている。

 また、鐵扇會は、靖国参拝問題を教科書問題や史観系論争とは峻別し、戦後
の問題、現代の問題だと位置づけ、歴史認識議論の不毛に踏みこむ愚を犯して
いない。

 この二大原則はきょうもあしたも守られることを、黒目さんにはまず強くご
理解願いつつ、以下、お答え申し上げましょう。
 さて、下の黒目さんの投稿に色濃く反映されているのは、「靖国神社を国家
護持したら、なおさら状況はひどくなるだけだ」という危惧・懸念であります。
黒目さんとのいままでのやりとりでは、

 靖国神社から政治性を抜けという主張と、首相の参拝を促すこととは矛盾し
ないか?

 =>矛盾しない、なぜなら一民間宗教法人として放置していたほうが、カル
   ト化する危険があるからだ。現にそうなりつつある。

 なるほど、鐵扇會が靖国周辺のカルト化をほんとうに心配していることはわ
かった、しかし、そこでどうして国家護持なんだ? 過去にはこれこれこうい
う歴史があったではないか?

 =>それは、戦時下という特殊形態であり、靖国神社の常態として定義され
   るものではない。靖国があったから戦争が起こったのではないことは明
   瞭な事実であり、近代の戦争はあらゆるものを活用する合理主義を持つ
   以上、不可避な不幸な時代に靖国もあったとの認識で十分である。

 なるほど、それはそうだ。しかし、幕末・維新からの長い歴史を見れば、一
民間宗教であった神道を、国家統合の精神支柱としたときから、徐々に、あの
大東亜の"カルト"的状態が始まったと言えるのではないか?

と、なっているわけでありますが、これについては、宗門制度の影響下で、統
合精神文化として神道が採用され、復古と創始という相矛盾した近代国家の歩
みを始めた当時の日本と、現代の日本とでは、何もかもが決定的に異なるとい
う事実をもってすれば、それで十分でありましょう。
 統合・異端排斥のための国家護持ではない、国家護持するほか、誠実で正直
な解決の道はないからである、これに尽きるのであります。
 また、将来、日本が戦争を始めたとき、犠牲者をどこに祀るのかと言えば、
これはいまの靖国神社では到底無理が出るとの見方は当然成り立つものであり
ます。
 なぜなら、いまの憲法では、「皇軍」という考えはないからであります。し
たがって、菊の御紋の靖国にこの先も(戦死者=)英霊が祀られることにこだ
わるのであれば、日本は、
天皇陛下を大元帥陛下にふたたび仰がぬ限り、二度と戦争をしてはならない、
と右翼は言い切らなければならず、あるいは、それでも戦争の必要が生まれた
場合には、国立墓地をこのときはじめて作るのだという黒目さん側の展開も可
能になってくるわけであります。

|首相が靖国に参拝するというのは、別に軍国主義化する為のおまじないでは
|ありません。

そのとおりであります。それを論理を飛躍させ、感情的に平和主義に結びつけ
たのでは、この靖国参拝問題は、常に、大東亜戦争の歴史的位置づけという入
り口で止まったままとなるほかない、ということであります。

|中曽根がやった、労働運動への攻撃は、この戦争反対勢力を破壊することで
|あり、靖国参拝は靖国のイデオロギー装置としての復活を目指したものであ
|った、と、こういう形であるわけです。中曽根は彼の目的を十分に果たした、
|と言えるでしょう。

そして、その中曽根と二世代も三世代もちがう小泉純一郎が靖国に参拝したこ
とにより、そうした旧来の靖国をめぐるイデオロギーの相克はやはり終わった
と見るべきである、そう申し上げるほかはありません。

 さて、以前、黒目さんに対し、こうお書きしたことがありました。以下にま
とめましょう。

「靖国解体を叫ぶのならば、その場にいる警察やメディアを利用して、右翼は
 こんなに悪い野郎どもだという政治宣伝風景を現出させるよりも、実際、靖
 国神社を爆破するなり、炎上させるなりしてみてはどうか。
 そうしてはじめて、黒目氏の思想は完結されるものである。
 しかしながら、そのあと、どういうものを作るのか-----。
 その具体性がまったく見えてこない」

 「あんなもんはイヤ」----それだけでは、政治は動かないのであります。
 当會は、靖国WEBの「FAQ13」にあるように、国立墓地構想の可能性
をも、誠実にさぐってまいりました。

該当WEB

 しかしながら、上記ページにあるように、これは甚だ困難を極めるものであ
ります。これをスムーズに実現する唯一の機会は、先に書いたように、現憲法
下で、
天皇陛下を大元帥陛下に仰がずに戦争に突入し、犠牲者が出たときでありまし
ょう。すなわち、悪魔的なパラドックスとなりましょうが、

「国立墓地にこだわる平和主義者と言われる人々の目的がかなうためには、
(9条改正後の)現憲法下での新しき戦争が恐らくは最もその早道となる
 だろう」

ということになるほかないのであります。
 黒目さんご自身は、教科書議論や歴史認識とは異なり、この日本現代最大の
難問とも言うべき「首相・閣僚による靖国参拝問題」に関し、いかなる言説を
お持ちなのか、そろそろ靖国解体のあとの具体的ビジョンを展開する責任があ
りましょう。
 熱かった8月は、あと残りわずかなのでありますから。


一点づつ話しましょうか。
 名前:黒目 08/30 木 20:51:16

下の整理について、誤解があるようです。
>=>それは、戦時下という特殊形態であり、靖国神社の常態として定義されるものではない。靖国があったから戦争が起こったのではないことは明瞭な事実であり、近代の戦争はあらゆるものを活用する合理主義を持つ以上、不可避な不幸な時代に靖国もあったとの認識で十分である。
>なるほど、それはそうだ。しかし、幕末・維新からの長い歴史を見れば(略)

この「なるほど」ですが、ちっとも「なるほど」ではありません。私の見解は、天皇を国家の結集軸としていく、という運動そのものがカルト運動として存在し、靖国は、そのカルト運動の結実として生まれたものであり、最初からカルトの聖地となるのは当然の事である、というものです。そして、そのようなカルトの聖地に戦没者を祀っている事が、そもそも間違いである、と主張している訳です。

とりあえず、この点は御理解いただけますでしょうか?


再度申し上げましょう
 名前:鐵扇會中央執行部 08/31 金 19:20:06

 先に掲げた"カルト"なるものの定義をよくお読み下さい。
08/26 日 11:53:37 になした回答中にあります。
また、当會靖国WEBの「靖国側史料」にある"成り立ち"の項もよくお読み
下さい。

|私の見解は、天皇を国家の結集軸としていく、という運動そのものがカル
|ト運動として存在し、靖国は、そのカルト運動の結実として生まれたもの
|であり、最初からカルトの聖地となるのは当然の事である、というもので
|す。そして、そのようなカルトの聖地に戦没者を祀っている事が、そもそ
|も間違いである、と主張している訳です。

 "カルト"の本来の定義に対して無知であるか、意図的に曲解したものであ
るか、いずれにしても、上記部分は「ためにする」比喩的表現にすぎない、
と申し上げるほかありません。
 さらに言えば、イデオロギーの時代が終わったにもかかわらず、はなはだ
手垢にまみれたイデオロギッシュな「天皇制」や歴史認識の問題へと、次元
をまた引き戻してしまう"見解"であり、"主張"でもあると言えましょう。
 明治〜大東亜戦争終結年直後までの時期をどう見るか、どう評価するかと
いう歴史認識の問題に踏みこめば、これは不毛のイデオロギー議論となるほ
かないことは、教科書右翼・史観系右翼と教科書ネット21などの対立に、
ことしもまたあらたな形で大々的に証明されました。
 そうした相対的観点に立てば、黒目さんの"見解"や"主張"は、これもまた
一つの一方の極にある「信仰」というほかはなく、双方ともそこから脱しな
ければ、もはやえんえんと価値観の衝突がつづくほかないことは、高度情報
化メディア社会にあっては、すでにブタにでもわかる理屈となっておりまし
ょう。

  靖国神社は明治〜昭和期、これこれこういう時代を過ごした

=>戦後では、これこれこうである

=>そして、にもかかわらず、靖国参拝をしたがる首相・閣僚は今後も出る
  であろう。また靖国神社もなくなることはないであろう

=>ならば、どうしたらよいのか?

 これが、当會が今回の靖国WEBでつけた現実的な道筋であります。それを
はじめの一項をめぐる価値評価の問題に落として個人の見解がぶつかりあう愚
を犯し続けていたのでは、いつまでたっても、中曽根参拝の昭和60年のまま、
歴史は一歩も前に進まず、日本人および日本社会はこの16年間、何も進歩・
成長を遂げていないということになるほかないのであります。
 当會は、いままでの黒目さんとのやりとりにおいて、黒目さんご自身の歴史
認識という信仰の問題自体をくさしたことは一度もありません。どころか、歴
史認識という価値評価には踏みこまず、諸々の現実の諸要件を勘案し、靖国参
拝問題を現実的に解決する道筋はどこにあるかという議論へと次元を高めてい
こうと努めてまいりました。黒目さんご自身の歴史信仰が、たとえ現代社会で
いかに少数の市場しか持たないものであっても、それが存在することまで否定
することは何人にも不能だからであります。
 また、当會の側と黒目さん側を峻別する価値認識の一線があることは、すで
に一回目のやりとりから明らかでありました。さらに言えば、現場での運動技
術論として、敬虔であるべき静寂を逆手にとり、"靖国解体"と叫ぶシュプレヒ
コールの声をあげ、お約束通り、右翼にボコられるところをテレビカメラに撮
らせるという手垢にまみれた運動手法もまた、高度メディア情報化社会にあっ
ては、もはやつまらぬものだからおよしなさい、とも忠告いたしました。
 靖国参拝問題は、現在の問題であって、歴史認識の問題ではない、イデオロ
ギッシュな価値観のぶつかりあいから解放され、語られなければならぬ時代と
なっている、それが小泉参拝がもたらした中曽根時代と異なる時代の位相なの
である----この当會の観点がぶれることは、あしたもあさってもない、これを
まずご理解下さい。


ですから(笑
 名前:黒目 08/31 金 21:28:46

貴会の立場、「靖国神社国家護持・小泉首相公式参拝実現」という立場もまた、「手垢にまみれたイデオロギー的立場」である、ということを、行数を費やして論証してきたと思うのですが。
論争のための前提を形成するための努力を、私はしている状態なのです。


「公式」という言葉は当會では使っておりません
 名前:鐵扇會中央執行部 09/01 土 01:35:57

 今回の靖国活動において、当會は「公式」などという言葉は使っておりません。
「公式」という概念自体が、手垢にまみれた旧来の戦後日本史を証しするもので
あって「玉串料を靖国神社は徴収するな」あるいは「警護は鳥居にて外せ」「千
鳥ヶ淵と日本武道館での式典の中途に靖国神社に寄るべきであって、靖国神社参
拝を単独目的として公用車を用いることはできない」などという意見もまた、有
田芳生氏「憂国至情」掲示板ほかで、当會の會員たちがすでに公開しております。

 そして、こうした「公式」「国庫負担」以外の観点で首相の靖国参拝の可能性
を右が論じたことは、戦後史にあっては、手垢にまみれたイデオロギーどころか、
画期的なものであることを、当會WEBを閲覧した140名の衆議院議員諸氏、
40名のNHK関係者ほか、国内トピックにてそれを取り上げたYahoo 関係者を
含め、大方の国民ネットユーザーみなが知るところでありましょう。

|論争のための前提を形成するための努力を、私はしている状態なのです。

 鐵扇會中央執行部は、活動記録にある「正史」の部分については、当會掲示板
において何人にも説明責任がありましょうが、議論のための議論をする立場には
ありません。それはすべて、個々の會員ネットユーザーが個々の責任において行
うものであって、当會には會員の数だけの歴史認識が存在することもまた明らか
だからであります。
 これまでの3週間余り、当會中央執行部が黒目さんに対して行ったことは、活
動の説明であって歴史や靖国議論ではありません。2ちゃんねる閉鎖にも明らか
なように、"老化するメディア"でしかないインターネットBBSでの個人議論な
どには一切の価値を見出さず、WEB設置と検索エンジン活用、メール活動に主
眼を置いたことが、当會の今夏の盛況につながったことは明らかでありますから、
当會としては黒目さんとの"論争"などにはいささかの興味関心も抱いていないと、
明言するほかありません。
 政治とは、世間への冷徹な"効果"であって、一人一人の「自分探し」「真実探
求」のための議論に目的を持つものではないことは、黒目さんにあってもリアリ
スティックに理解する必要がありましょう。
 そして、その意味で言えば、靖国問題はすでに"旬"をすぎて久しいと言わなけ
ればなりません。今後は「鐵乃蔵」掲示板の季節となりましょう。国民の関心事
はすでに、構造改革と景気に移行しております。
 靖国参拝問題も大事でありますが、当會は、靖国問題のみならず、幅広い間口
の政治運動を展開しており、かつまた高度情報化社会においては、政治は"カレン
ダー"を無視することはできません。
 月がかわりました。
 当會中央執行部としては、「鐵の扉」にて他の方にお書きしたように、すでに
活動を終えた靖国問題にかわって、いくつものあらたな懸案事項を抱えている現
状でありますから、これ以降は、會を意味する中央執行部にかわって、鐵扇會會
員でもある○○という"個人ユーザー同士の議論"へと切り替えてまいりたいと思
います。
 上記の諸々の事情により、当會中央執行部は黒目さんとの議論には本1日以降
は参加いたしませんが、当會會員が"個人的に"やり取りすることを會が禁止する
いわれはありません。
 今後は、會員あるいは当會周辺のネットユーザーとともに、通常のどこにでも
ある掲示板としてお話をお続け下さい。本日までの3週間余り、黒目さんの側に
何か合理的で不可避な投稿目的があったのかどうかはさだかではありませんが、
当會としてはいくつもの収穫のある、実り多いものとなりました。
 今後もお気軽に当會掲示板をご利用下さい。


ちなみに
 名前:鐵扇會中央執行部 09/01 土 01:47:58

ちなみに、当會掲示板では、
該当WEB
該当WEB
などで、黒目さんへの個人的議論投稿、及び靖国神社関連投稿が
會員個人あるいは會周辺のネットユーザーによっていくつかなされ
ております。そちらの話題を端緒に「議論」とやらを開始なされる
のも一つでありましょう。
 いずれの掲示板でもお好きなものをお使い下さい。


それはエライ話ですねえ
 名前:黒目 09/01 土 23:33:16

私の「合理的で不可避な投稿目的」は、貴会の会員の方が、俺の出入りしている掲示板に、明白にその掲示板に集う人々の主義主張とは反する主張を投稿され、議論も途中で放り出されて消えてしまいはる、という事態が連続して生じた為に、「しゃあない、こっちから伺おうかい」と考えて、わざわざよせてもらったのです。
当然、私の出入りする界隈においては、掲示板は「議論する場」として位置付けられているのであり、そこに書き込む以上、その板に対して責任が生じるものである、というように認識しています。
これはネット上で広く一般に認められている考えであると思いますし、であるからこそ、議論を放り出して沈黙する事を「逃げた」といって忌み嫌われる行為とされている訳です。
この、人様の掲示板を、あたかも電柱にステ貼りするかのように扱う、というのであれば、それはタダの縄張り荒らしではないのでしょうか?
掲示板文化が衰退すると考えられるのは御勝手になされればよろしいが、衰退しているものであれば、人様の所に何してもいい、というような話の筋が、果たして、あるとお考えなのでしょうか?
そんな理屈、どこにもっていってもとおらへんと思いますし、この展開では、鐵扇會中央執行部さんの、議論の一方的な打ち切りである、と、普通は見なされるであろう、という事を指摘しておきたいと思います。


悲しきジンタ
 名前:ゴジラズワイフ/鐵扇會 09/02 日 00:08:13

氷川きよしさんを育てた
作曲家の水森英夫さんが
1日のNHKラジオ第1放送に出ていました。
(ワイフは知らずに午後8時10分頃に付けた)
そしたら昭和38年に歌手としてデビューした
曲の紹介が「悲しきジンタ」というので
ワイフはてっきり佐々木俊一先生作曲の
リバイバルだと思ったら
まったく違う歌が流れてきたので
ビックリしました。
ワイフコレクション「同名異曲」がまた増えたわ♪

佐々木先生の曲が大好きなワイフです。

佐々木先生の出身地には
「高原の駅よさようなら」の譜碑があります。
該当WEB

因みに佐々木先生の曲で有名な戦時歌謡は
「特幹の歌」(これは靖国神社と大阪護国神社での毎年4月の
「同期の桜を歌う会」でもよく歌われています。)
「軍神加藤少将」「大航空の歌」「守備兵ぶし」

ワイフの好きなもう一人の古関裕而先生も
福島県出身です。
古関裕而記念館はこちら
該当WEB
ワイフは生前(昭和58年7月28日)に先生から
「君の名は」の譜面入りサインを頂いています。

古関先生の戦時歌謡は多すぎます。
カラオケによくあるのでは
「露營の歌」「若鷲の歌」「暁に祈る」
「愛国の花(ワイフのテーマソングです♪)」
「海の進軍」「ラバウル海軍航空隊」

古関先生の言葉
〜昭和に生きたわが調べ、激動の世を永遠に伝えんことを〜
昭和58年3月3日 NHK「この人」より
この頃はNHKもまだまともでした。


黒目殿
 名前:光輝八紘/鐡扇會 09/02 日 11:56:42

>私の「合理的で不可避な投稿目的」は、貴会の会員の方が、俺の出入りしている掲示板に、
>明白にその掲示板に集う人々の主義主張とは反する主張を投稿され、議論も途中で放り出
>されて消えてしまいはる、という事態が連続して生じた為に、「しゃあない、こっちから
>伺おうかい」と考えて、わざわざよせてもらったのです。

該当WEB

該当WEB

該当WEB

あとは、いまやなくなってしまった2ちゃんえるの「政治思想」でしたね。鐵扇會と話した
い、話したくてたまらない、という気持ちには、一応ありがとう、です。

>当然、私の出入りする界隈においては、掲示板は「議論する場」として位置付けられている
>のであり、そこに書き込む以上、その板に対して責任が生じるものである、というように認
>識しています。

いま「鐵の扉」の方で「道徳・倫理・共同体」という話が出ています。しょせんは共同体の
中のルールでしかないものをどう受け止めるのが正しいか、というような議論です。

>これはネット上で広く一般に認められている考えであると思いますし、であるからこそ、議
>論を放り出して沈黙する事を「逃げた」といって忌み嫌われる行為とされている訳です。

それは、自分がさみしくなるからでしょう。何日か、何週間かつづいた話し相手がいなくな
る、だからさみしい、とそれだけのことでしかない。それを"文化装置"として表現したのが、
上の黒目さんのことばでしょうね。

>この、人様の掲示板を、あたかも電柱にステ貼りするかのように扱う、というのであれば、
>それはタダの縄張り荒らしではないのでしょうか?

「縄張り」? はははは。それが左翼の言うことか! というのは冗談にしても、インター
ネットというのは、鎖の輪のように連鎖し、場は崩壊したり建設したりする「明滅」のなか
に、そのメディアとしての本質を有するものです。
固定的な縄張りなどは存在しない、すべてはつながっている----という新たな世界観を明瞭
に示したのが、インターネットではありませんか。それが「縄張り」とは、19世紀の帝国
主義時代の感覚と言うほかありませんね。

>掲示板文化が衰退すると考えられるのは御勝手になされればよろしいが、衰退しているもの
>であれば、人様の所に何してもいい、というような話の筋が、果たして、あるとお考えなの
>でしょうか?

あのね。こういうWEBができたから覗いてみてね、というのが、いったいそんな大仰な道
徳的問題になるとでも本当に思っているのですか? アンタは。削除の自由もあれば、覗く
自由もあり、反論する自由もあれば、ちゃちゃ入れする自由もあって、黒目さんのように逆
訪問をかける自由もある。さまざまな自由が保証されている上に成り立っている行為ではな
いか。
それを、いちいち縄張り争いだって(笑)。アンタこそ、古く悪しき日本人の典型だね、と
申し上げておきましょうか。

>そんな理屈、どこにもっていってもとおらへんと思いますし、この展開では、鐵扇會中央
>執行部さんの、議論の一方的な打ち切りである、と、普通は見なされるであろう、という
>事を指摘しておきたいと思います。

と書く黒目さんの投稿は、鐵扇會閲覧者にはこう読まれるほかありません。

「あ、もっと相手してくりー。ほっとくなー。ぼくは放置されるのはさみしいからイヤなん
 だーーい、相手してくれないと、逃げた逃げたと言いふらして回っちゃうぞー」

このような投稿は、通常、挑発投稿・そんならクレクレ型、というのです。



単に忙しいということだけですよ
 名前:人吉侯彦/鐵扇會 09/02 日 15:34:27

>そんな理屈、どこにもっていってもとおらへんと思いますし、この展開では、
>鐵扇會中央執行部さんの、議論の一方的な打ち切りである、と、普通は見な
>されるであろう、という事を指摘しておきたいと思います。

 年に一度の総会が迫っていたり、靖国問題以外で鐵扇會宛てに
届くメールでのいろいろな問題について対処するため、會として
は毎日忙しいということなんですよ。會員とのやり取りならこの
後も続行可能なのですから、「逃げた」だなんて、それはワガマ
マというものだ(笑)。われわれは別に黒目さんから税金を徴収
しているわけでもないし、モノを売ったりしているわけではあり
ませんから、この点は、ご了承下さい。


それは「ネットマナー」に対する、ものすごく特異な理解ですね
 名前:黒目 09/02 日 23:08:52

>人吉侯彦/鐵扇會さん
「忙しい」というのであれば、それはそれで討論を打ちきりにする、全く、正当な理由である、と思います。そんな、他のことほり出して、俺と討論せんかい、というような無茶は言わないのです。
鐵扇會中央執行部さんが言っておられるのは、「鐵扇會」という主体は、そもそも議論をする主体ではない、という話であって、私はそれを、「けったいな話だ」と言っているのです。
>光輝八紘/鐡扇會さん
示されたページを見ることが出来ませんが、これは2ちゃんの事だと理解しておられるのでしょうか?
私も2ちゃんで縄張りを主張する程、暢気ではありません(笑

「大仰な道徳の問題」と言われる?
もう流れてしまって、管理者にサルベージを依頼しなければ出てきませんが、ある掲示板で、そこの常連さんが、鐵扇會の人の書き込みに対して、
「鐵扇會の書き込みは、最初から全部、消してくれ」という提起をしました。
これに対して、鐵扇會の方は、「それは鐵扇會全体に対して言っているのか?」というような反発をされた。
大和士魂さん、見ておられますか?覚えておいでですね?
どこかに、鐵扇會の人が書かれる事が、そんなに大仰な問題ではなく、また、その発言に対する責任も、鐵扇會が問われるべきではない、のであれば、
「鐵扇會の書き込みは、全部、最初から消してくれ」という案は、全く正当な提起であった、と言うことが出来るのではないでしょうか?
ちなみには、私は全然寂しくなんかはありませんし(笑)、議論をするのであれば、もう少し生産的な議論をしたいものだ、と考えており、ここでの議論そのものには、既に萎え萎えであります(苦笑)


司馬遼太郎と吉田矢健治
 名前:ゴジラズワイフ/鐵扇會 09/03 月 01:14:47

ニュースを見ていたら
司馬遼太郎記念館の記事がありました。
該当WEB

ワイフは司馬さんは特に好きではないですが
司馬さんが亡くなった後に週刊朝日が特集していた
「残された未公開講演録」第32回 1997年1月3日/10日号
で、ワイフの好きな作曲家の一人の吉田矢健治氏が
司馬さんと満洲の四平(スーピン)陸軍戦車學校で同期で
当時の写真を提供されていたのを思い出しました。

司馬さんは四平陸軍戦車學校を卒業後、東満洲の牡丹江省石頭の
戦車第1聯隊第5中隊に配属されましたが
昭和20年の春に栃木県佐野市に本土防衛のために戻りました。
しかし同じ四平陸軍戦車學校からは占守島に配属されて
戦車第11聯隊でソ連軍と激戦して戦死した人もいました。

また牡丹江省の石頭(せきとう)には陸軍の予備士官学校があり
ここの士官候補生は昭和20年8月9日以降のソ連軍との激戦で
布団爆弾を抱いてのソ連軍戦車への特攻攻撃とかで
約3分の一が戦死しています。
(特攻は飛行機や人間魚雷だけではないと、戦後も日の目を見ない
特攻のほうが数とすればずっと多かったと、いつも思うワイフです。)

司馬さんも吉田矢先生も戦後それぞれの分野で大活躍されましたが
当時の若者の生死は本当に紙一重だったとつくづく思います。

吉田矢先生の曲は春日八郎、三橋美智也に多いですが
ワイフは津村謙の「一筆(ひとふで)しめし参らせ候」が一番好きです♪

@@@@@@@@@@@

ついでに戦後の作曲家の大御所の吉田正先生の原隊は
水戸歩兵第2聯隊ですが、この部隊はご存知のように
満洲からペリリューへ移駐して玉砕しています。
吉田先生は満洲残留組となったために
シベリアに抑留されましたが生還されました。

また船村徹先生のお兄さんは陸士53期(ワイフの恩師と同期)
で、南方のニューギニアへ移動途中、船が沈没されて戦死されています。


けったいとは、けったい
 名前:人吉侯彦/鐵扇會 09/03 月 10:38:57

>「忙しい」というのであれば、それはそれで討論を打ちきりにする、
> 全く、正当な理由である、
> と思います。そんな、他のことほり出して、俺と討論せんかい、
> というような無茶は言わないのです。

それならそれでいいのです。ただ、忙しいという理由と、旬をすぎた
ネタだという二つの理由で、あなたも納得できる議論の切り上げ方を
したことに対して、それ以外のところへのイチャモンでふたたび議論
を始めるというのはいかがなものか、ということでしょう。
もう始まってしまいましたが(笑)。

> 鐵扇會中央執行部さんが言っておられるのは、「鐵扇會」という主
> 体は、そもそも議論をする主体ではない、という話であって、私は
> それを、「けったいな話だ」と言っているのです。

これは論理的に考えれば、ちっともへんじゃないでしょう。少々、経
緯について説明してあげましょう。
もともと「鐵扇會中央執行部」なる主体は、発足からまるまる2年間、
表の掲示板に投稿がなされたことはありませんでした。會員と周辺者
の個々の投稿だけで形成されている普通の掲示板、それが幣會掲示板
でもあったわけです。つまり、言い換えるなら、個人個人のネットユ
ーザーがバラバラに存在したまま、それぞれその掲示板の常連である
状態、それが鐵扇會掲示板でも存在していたわけです。便宜上、当會
の會員とそうでない投稿者のみなさんを分けるために、「○○/鐵扇
會」という投稿名スタイルがとられ、徹底されました。通常の板との
ちがいといえば、それだけで、あとは黒目さんがお書きの普通の掲示
板でした。
しかし、ことしに入って「日韓韓日呼称交換運動」あたりから、当會
の活動に対して他所の掲示板でも活発なリアクションをいただくこと
となりました。そのなかでは、個々人の會員が個々人の立場で書いた
ものでも、「鐵扇會は〜」「鐵扇會は〜」というくくられ方を(故意
か無意識かは別にして)されがちな状況が散見されることとなりまし
た。
そこで、會の活動に関することのみ、また會への質問の形できたもの
のみ、さらに幣會の公開掲示板においてのみ、「中央執行部」の形で
答えようじゃないか、ということになっていったのです。

   1,會の活動に関すること
   2,會への明確な質問であること
   3,幣會掲示板内でのこと

この3要件を満たしたとき、中央執行部なるものが會全体を代表して
説明する責任はあろう、ということで、黒目殿の場合は、この3要件
を満たしたからこそ、ほぼ一か月にわたってやりとりがつづいたこと
になるわけです。
ただし、會・中央執行部としては、靖国参拝問題に関して、教科書問
題とは明確に区別するためにイデオロギッシュな歴史認識問題には踏
むこまないというスタンスをとってきましたから、多忙な状況にあっ
て旬がすぎた話題にもかかわらず、執拗にそれがくりかえされたこと
でそろそろ切り上げ時であると判断しても、一向に「けったい」なこ
とではないでしょう。

もう一つ、原則論の立場から説明しましょうか。
中央執行部は會としての活動以外の「歴史への価値評価などの議論」
には参画するわけにはいきません。

それは160余りの會員それぞれが、それぞれの歴史観をそなえてい
てよいからです。

もともと一つにまとめることは不可能だ。不可能なことを無理にやっ
たらどうなるかということは、黒目さんサイドの政治運動史が何度も
いままで証明してきてくれたことでしょう(笑)。
鐵扇會中央執行部は、ネット活動・現実活動の内容・日程・人員配置
を決める「世話役」部署であり、左翼のような微に入り細を穿つよう
な"思想の管理者"ではないのです。
鐵扇會には、170の會員の数だけの歴史認識があり、あるいは政治
意識がある。したがって、それを一つ方向に上からおのずととりまと
めていくような執行部の出方は、いまの世にあっては戦術的に間違い
だということになるわけです。
そして、これは何も戦術論としてだけではない、

天皇(スメラギ)

という考え方からも、170會員それぞれの歴史認識・支持政党など
を抱えたまま、活動を進めていくことが、その教えに最も合致した道
だと言えるのです。


黒目氏に
 名前:光輝八紘/鐡扇會 09/03 月 12:35:11

>示されたページを見ることが出来ませんが、これは2ちゃんの事だと理解しておられるので
>しょうか?
>私も2ちゃんで縄張りを主張する程、暢気ではありません(笑

よく試したか? 誰が見ても、2ちゃんねるじゃないでしょうが。「4トロ」「ザーカイ」
「焚火派」のそれぞれの掲示板です。あなた、ネットの初心者なのかな?
すべて悪名高いt-cup掲示板だから、アクセス時間帯によって開かないこともある。しかし
それでも、ブラウザーのステーバスバーを設定していれば、自分がどのURLを開こうと
しているのか、よくわかるのだよ。いったい、どこに2ちゃんなどと書いてあったのかな?
右に啓蒙してもらっちゃってどうするんだよ、と言っておきましょう(ネット初心者なら、
まあ板上での"議論"に期待してもしかたないでしょうね。しかし、それも長くて3〜5年
で飽きる。そのときになっていろいろ気づく。ほんとうは、インターネットってぜんぜん
別のもののためにあったんじゃないかなって。そうやって、日本のネットユーザーの9割
以上は、3〜5年で消耗しきってしまう、ああ飽きたということになっていってしまう、
つまり、まだまだこのツールの生かし方がぜんぜん分かっていない、というのが現状でし
ょうね)。
ところで、いまや「4トロ」「ザーカイ」「焚火派」とならんで、黒目氏は、鐵板の常連
ともめでたくなったわけですが、こういうとき、あなた方の陣営では、しばしば、こんな
話になることが多い。
「黒目は、いいように右に利用されていることに気づかぬ日和見主義に陥っている。無定
 見な反乱分子と見て差し支えない」
"正論"を言って疎んじられた左翼落ちこぼれが、今度は右翼に熱い視線を注いで、自分の
あらたな生き場所としようとする、そんな自分探しの戦後史の轍に足を踏み入れぬように
黒目氏も注意したほうがよいでしょう。

>「大仰な道徳の問題」と言われる?
>もう流れてしまって、管理者にサルベージを依頼しなければ出てきませんが、ある掲示板
>で、そこの常連さんが、鐵扇會の人の書き込みに対して、
>「鐵扇會の書き込みは、最初から全部、消してくれ」という提起をしました。

まっぺんの「4トロ」でだったかな。中央執行部の大半が閲覧しておりました。

>これに対して、鐵扇會の方は、「それは鐵扇會全体に対して言っているのか?」というよ
>うな反発をされた。

これは「ザーカイ」だったかな?

>大和士魂さん、見ておられますか?覚えておいでですね?

それは無理です。何しろ、忘れっぽい人だから、大和さん、冗談です。お許しを。

>どこかに、鐵扇會の人が書かれる事が、そんなに大仰な問題ではなく、

そのとおりです。その次元での実体は、ただの個人ネットユーザーにすぎないのですから。

>また、その発言に対する責任も、鐵扇會が問われるべきではない、のであれば、

このネットの時空間で、現実の政党運営のようなことが可能だと、あなたは本気でお考えか?
だとすれば、よほど頭が古びていると言うほかありません。「金ピカ先生」という候補者名を
めぐって総務省と自民党が議論をしたり、扇千景や森田健作で政治活動をする時代なのです。
「大和士魂/鐵扇會」「光輝八紘/鐵扇會」という一続きのハンドルである、それ以外に何の
意味がありましょうか?
個人個人はそれぞれ別個のものであり、それが一朝ことあるときにはゆるやかに連帯していく、
集団は個人をしめつけることができない、特定郵便局すら、それが崩れてしまい、自民党から
はうまみがもはやないと見放されている。そのうちに、共産党に投票する創価学会会員さえ、
出てくるでしょう。いまは、そういう時代じゃありませんか。

>ですから「鐵扇會の書き込みは、全部、最初から消してくれ」という案は、全く正当な提起
>であった、と言うことが出来るのではないでしょうか?

「正当」も何も、そういう発言が出てきたことが事実であるならば、それはそれでよろしい。
「正当」であるかなどという価値評価は、全くもって問題にはならない。削除する側があって、
削除されまいとする側がある、あとは、靖国問題がそうであるように、「工夫」の問題です。
知恵の問題だ。価値評価など、いまの混乱の世には何の役にも立ちませんね。
ただし、削除しつづけることは不可能だと思いますよ。毎晩となれば、アクティブな會員さん
は何十人でしかないけれども、それが代わる代わる告知広報にうかがったりすれば、所詮は削
除も無駄骨になるほかありません。現実のビラ貼りとは違う。最も迅速にして効果的なビラ貼
り、それがITなのですから。
しかし、「削除しろ」という声が出てくるのはそれはそれでよろしい。えんえんと双方がやり
つづけるのが自由社会なのであって、片方が片方を圧殺することなどできない、これさえ了解
されていれば、あとは「お約束事」となるのが、ことしの8月15日の靖国周辺でもあった景
色らしいから、このあたりは黒目氏の場合、よくお分かりでしょう(笑)。

>ちなみには、私は全然寂しくなんかはありませんし(笑)、議論をするのであれば、もう少し
>生産的な議論をしたいものだ、と考えており、

「生産的な議論」と書くあたりが、さみしがり屋の坊ちゃんなのです。政治というのは、相手
の利用価値しか考えない、最も醜悪かつ俗悪な修羅の道でしょうが(皮肉に言えば)。「政治
的な立場はちがっていても、わかりあえるところはあった」。そんな青春の再発見の期待(?)
のために、ネットやって、靖国解体を叫ぶ黒目の目は本当に黒いのか、そう思うネットユーザ
ーの方がはるかに多いことでしょう。
幣会の活動への質問から始まったあたりは、みな黒目なるものに期待を持っていた、しかし、
「8月15日に、こんなひっでー目にあわされちゃった、これもどれも、みな、お前らが悪い」
と展開を見せ、あげくのはてには夏風邪にやられちゃったあたりから、「ああ、黒目はすでに
死んでいる」と僕なんかは思いましたね。

>ここでの議論そのものには、既に萎え萎えであ>ります(苦笑)

生まれついて「萎え萎え」でなかったかどうか、くれぐれもご確認下さい。


(No Subject)
 名前:にょろ&にょろ 09/03 月 14:32:45


          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          |  まあまあ、マターリ逝きましょう
          \____________  _______
                        V
                     (゚ー゚) 〜〜〜〜

        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
〜〜〜〜(´ー` )< ギャグはいいけど罵倒はナシね。
         \______________


お知らせ
 名前:ゴジラズワイフ/鐵扇會 09/03 月 21:49:38

下記のワイフの書き込み
「司馬遼太郎と吉田矢健治」投稿日: 09/03 月 01:14:47 [ID:Gq0oAMX2VO.]
の続き
「石頭予備士官学校の士官候補生の功績」と
「ペリリュー島の人たちと日本軍」
については、「鐵乃歩武」
該当WEB
へ書きました。


「旬を過ぎたネタ」だとは思いませんが
 名前:黒目 09/04 火 02:51:00

靖国の問題は、戦没者遺族である私にとっては、持続的課題であり、8月の旬にのみ問題になる、などというのは悪しき戦没者の政治利用なのではないのか、
というような話を、最初の方にしていたように思うのですが・・
私が感心があるのは、靖国神社を巡る言説であって、貴会の運営方針ではありません。
よって、靖国神社そのものに関する議論が打ちきりとされるのであれば、ここは撤収いたします。

>人吉侯彦/鐵扇會さん
貴会の運営上の方針は、あなたの説明にも異論はありますが、基本的に私の関知するところではありません。
単に、よその掲示板で始めた話は、始めた以上、最後まで付き合っていただきたい、という事を言っておるのです。
もちろん、「會としての対応」をされるか否かは、貴会が具合のいいようになされればよいことですし、私はそもそも、大和士魂さんや霧島錬太朗さんと話をしておったわけでして、てっきり、この人たちと話をすることになるのかと思っていたのですが。

>光輝八紘/鐡扇會さん
たしかに私は、パソコンのことは、靖国神社や天皇制の事ほどよりも、全然よくわかってはおりません(苦笑)
>>あなた方の陣営では、しばしば、こんな話になることが多い。
>>「黒目は、いいように右に利用されていることに気づかぬ日和見主義に陥っている。無定見な反乱分子と見て差し支えない」・・・・
 私は付き合う相手を選んでおりますので、こんなわけわからん奴は周辺にはおりません。お気遣い戴かなくても大丈夫ですよ(笑)
>>まっぺんの「4トロ」でだったかな。中央執行部の大半が閲覧しておりました。
なんだ、よくご存じなんじゃないですか(笑)それでは、私がナニについて文句をいっておるのかもよく御承知でしょう。
>>ただし、削除しつづけることは不可能だと思いますよ。毎晩となれば、アクティブな會員さんは何十人でしかないけれども、それが代わる代わる告知広報にうかがったりすれば、所詮は削
除も無駄骨になるほかありません。現実のビラ貼りとは違う。最も迅速にして効果的なビラ貼
り、それがITなのですから。

こういう事を言う人を、私の乏しいパソコン知識では「厨房」と呼ぶのだと思っていましたが。
あなたが挙げられた板は、私にとっては大切な場でありますので、ここが荒らされるようですと、勿論、全力で防衛の為の処置を取るのみです。
また、議論の意想がないままに機械的に書かれたものを、機械的に削除するのは、普通の対応だと思いますが?


アスキーアートは表示がおかしくなるでしょう
 名前:人吉侯彦/鐵扇會 09/04 火 04:50:37

>へび殿
日本語の読みやすさとアスキーアートの防止とを考えて、日本で唯一行間
処理(それとついでにフォント指定)を施している掲示板が鐵扇會の掲示
板だと言う事が、これでご理解頂けたかと(笑)。


>黒目さん
>靖国の問題は、戦没者遺族である私にとっては、持続的課題であり、

大叔父さんが亡くなったぐらいでは、ふつうは戦没者遺族とは言いません。
あなたは、国から遺族年金でももらっているのでしょうか? 当會では、
来年もしも小泉がふたたび靖国参拝を行うのであれば、今度は別の切り口
からこの問題を取り上げていこうという話が出ております(具体的には、
ここでは書けませんが)。
黒目殿程度で「戦没者遺族」であるならば、日本全国戦没者遺族であふれ
かえっていると言ってさしつかえありません。右は勘がいい者がそろって
いる。失礼ながら、靖国にまつわる黒目殿のうち明け話・身の上話は、政
治的信条を覆いかくすための「ためにする」アリバイ作りのモチベーショ
ンのでっちあげにすぎない、と多くの閲覧者たちは鼻でせせら笑ったこと
でありましょう。
むしろ、

「オレは、たとえば反天連や革労協のような筋金入りの左翼だ、打倒天皇
 制の延長線上で靖国解体を視野に入れるのは当然のことだ」

とはっきり書いたほうが、さわやかなヤツだった(笑)。

>8月の旬にのみ問題になる、などというのは悪しき戦没者の政治利用なの
>ではないのか、というような話を、最初の方にしていたように思うのです
>が・・

なら、幣會の「昭和の日」にならって、毎月15日は「靖国解体の日」と
でもして、靖国解体運動を展開したらいいでしょう。ネットでも現実でも
できるはずです。
8月15日の正午という政治的象徴の時刻に合わせて、テレビカメラを意
識して、ああいう手垢にまみれた運動の声をあげて、お約束通り、ボコボ
コにされた人が「戦没者の政治利用」とは何を言うか、というのが大方の
閲覧者の感想ではないでしょうか。
會長および関東東京の幣會會員は、11日に静かに参拝をすませて、韓国
の抗議グループの歌う「アリラン」に耳を傾けて帰ってきたそうです。
もはや、やったことのちがいは明瞭でしょう。
さらに、原則論を書けば、こうなります。
幣會には、160余り會員がおります。各自の志向は、教育改革であった
り、歴史認識であったり、安全保障であったり、外交問題であったり、偏
向報道問題であったりと多岐にわたっております。そのなかで、靖国問題
は最も大多数かほぼ全員の會員が関心を寄せるテーマだったとは言えます
が、それでも中央執行部が単一の志向・目的だけにいつまでもコミットし
ていくわけにはいかないわけです。
「すべての會員の、すべての志向を、なるべく生かしきりたい」
これが、會長および中央執行部の立場だからです。

>私が感心があるのは、靖国神社を巡る言説であって、貴会の運営方針では
>ありません。よって、靖国神社そのものに関する議論が打ちきりとされる
>のであれば、ここは撤収いたします。

1日付けの中央執行部の言葉には、會員個々と個人レベルの議論がこのさ
きつづくことは何ら妨げるものではないと書いてあるでしょう? 中央執
行部はもう出ない、とただそれだけの話なのです。

>単に、よその掲示板で始めた話は、始めた以上、最後まで付き合っていた
>だきたい、という事を言っておるのです。

なんか、女を愛撫しはじめて、いい気持ちにさせた男が途中でいなくなっ
たあと、ベッドに一人取り残された女のセリフのようで苦笑しますなあ(笑)。
「私がイクまでは許さないからね」と言われてもなあ、という気がします。
まあ、そういうかけひきのノウハウで、女は肉の虜となり、黒目殿は鐵扇
會の靖国言説の虜に落ちていったということなのでしょう。
まじめに書きましょう。
基本的に、ネットというのは、現実の討論(時間制限と自己同一性のある討
論)とはちがいます。時間無制限で自己同一性もさがかでなく、おまけに意
思の疎通は保証されない、そういうところです。現実の討論が19世紀的文
学哲学なら、ネット討論は実存主義的な20世紀のそれですね。つまり、黒
目殿のことばでも、私の言葉でも、はじめから「意味」が生じることが絶対
に保証されているわけではない、というのが真実です。つまり、オッパイ吸
われて、パンツ下げられて「あー、イカセないで、アンタだけどこかに行っ
ちゃうなんて、どういうことなのよー、最後まで相手してよー」も十分にあ
り得る。現実とはちがうもっと厳しい世界だということですね。

>私はそもそも、大和士魂さんや霧島錬太朗さんと話をしておったわけでし
>て、てっきり、この人たちと話をすることになるのかと思っていたのです
>が。

それもまた、19世紀と20世紀の感覚のちがいぐらいに、現実とネットが
ちがうものだという理解が不足しているのだと言うほかありません。それぞ
れの會員は、それぞれの場所で処を得ている、それがネットでもあるのです。
さらには、黒目殿、あなたのなかには不用心な先入観というものがあったで
しょう? 先入観を捨て去ることが、まずは大事であると申し上げておきま
しょう。


雑感
 名前:田村清次郎i 09/04 火 07:07:57

残念だ。


大げさな話なんでしょう
 名前:光輝八紘/鐵扇會 09/04 火 07:51:52

>たしかに私は、パソコンのことは、靖国神社や天皇制の事ほどよりも、全然
>よくわかってはおりません(苦笑)

戦史研究家は、必ずしもよき軍人ではあり得ない、というたとえにもなってい
るように思います。武器の使い方・部隊の展開のしかたをを十分に知るまでは
政治運動などしないほうがよろしいと言っておきましょうか(笑)。

>私は付き合う相手を選んでおりますので、こんなわけわからん奴は周辺にはお
>りません。お気遣い戴かなくても大丈夫ですよ(笑)

半月ほど前の「焚火派掲示板」該当WEB
ここにこうあります。

  もおちと 投稿者:黒目  投稿日: 8月20日(月)11時13分41秒

  靖国話を整理していきたいものじゃわい。
  ねえ、平和遺族会とか襲撃がされるようになったのって、95年以降だよねえ?

しかし、誰からもレスがつかなかった(笑)。みなが、みなでバラバラの話題を
一方的に書いているだけ、そのなかで黒目氏はなかなかまっとうなコミュニケー
ションをしようと努めている。しかし、どことなく疎んじられているのか、敬遠
されているのか、サブカルチック左翼との間で妙な空気が流れている。そして、
8月の黒目氏のネット投稿の大部分は、鐵扇會掲示板へとなされてきた。夫婦円
満・家族円満な家庭なら、どうして浮気をするものか(笑)。ほんとうは、天皇
に無関心でいられぬほどに大好きで、ほんとうは鐵扇會に関心が強い。その意味
では、黒目氏は幣會のアイドルになりつつあると思います(笑)。
それにしても、「楽屋で愚痴こぼしてんじゃねえ」と言うほかはない。

>なんだ、よくご存じなんじゃないですか(笑)
>それでは、私がナニについて文句をいっておるのかもよく御承知でしょう。

いや、寝ながら読んでましたから。それにモノ覚えは相当に悪い。うっかりする
と、日本が大東亜戦争に負けたことすら忘れてしまうのですから。それに、
「ナニ/鐵扇會」などという會員は幣會にはおりません。面白いハンドルだが、
それなら、

  名無しさん@お腹いっぱい/鐵扇會

でも入ってきたほうがもっとおもしろい。と思っていたら、カス2ちゃんねるは
消えてなくなりました。まことに天気晴朗のきょうこのごろです。

>こういう事を言う人を、私の乏しいパソコン知識では「厨房」と呼ぶのだと思っ
>ていましたが。

そういうのはパソコン知識ではありません。2ちゃん知識とでも言うのでしょう。
どうも、あなたは実際の政治思想でも、パソコン・ネットでも、ともにいびつなと
ころから入りたがるね(笑)。

>あなたが挙げられた板は、私にとっては大切な場でありますので、ここが荒らさ
>れるようですと、勿論、全力で防衛の為の処置を取るのみです。

黒目氏の話では、告知広報が来て、そこから大和士魂・霧島錬太郎の2人の會員
と議論が始まったわけでしょう? 大体どこが「荒らし」なの? ヘンな奴だね。
たとえば、幣會掲示板にも、政治的主張の異なる投稿者は年中来ますよ。しかし、
荒らしだとは思わないなあ。品が落ちる投稿はあるが、これもまた或る程度はや
むをえない。それよりも、徐々に、精神的になんとなく敷居が高い、そんな歴史
を「伝統」としてネットに残していくほうが「急がば回れ」にはなるが、正攻法
でもあり、メディアとしての王道であるというのが、幣會の立場なのだと僕なん
かは理解しています。
もう一度引用しますが、

>あなたが挙げられた板は、私にとっては大切な場でありますので、ここが荒らさ
>れるようですと、勿論、全力で防衛の為の処置を取るのみです。

ああ、あまりに大げさな、と笑うほかありませんね。何もあなたのうちの前で大
音声の街頭宣伝をするわけでもなければ、あなたの行きつけのお店を毎晩占拠し
ているわけでもない。
それが「防衛」だって。何でも、言葉をエスカレートさせるのがお好きな人だね。
鐵扇藩と黒目藩とで、内乱でも起こっているのか?

ところで、黒目氏は、あの掲示板の雇われ用心棒か何かかな?
見かじめ料でも貰っているのかな?
誰かがあなたに鐵扇會掲示板に乗り込めと命じたのかな?
それとも、自主的にやってきたのかな?
でも、どうして他の人たちは来ないのかな?
・・・いろいろ、考えてみなさいよ。現代社会と他者との関係について。
そのなかで、本当に黒目氏がいま恐れているものについて。

何でも正直に書くことが大事だよ(笑)。

>また、議論の意想がないままに機械的に書かれたものを、機械的に削除するのは、
>普通の対応だと思いますが?

幣會は、削除に対して「削除するな」という言説をもって抗議などしたことは、
僕の知る限りでは一度もない。削除をしたければしてもよい、というスタイル
で、淡々と告知広報にみなさん励んでいらっしゃると思います。宣伝する自由、
削除する自由、ともに保証されているのが現代社会なのだから。
それにしても、8月15日の正午の靖国の黙祷で、よりによって神社間近で「靖
国解体」のシュプレヒコールをあげた人が、

>あなたが挙げられた板は、私にとっては大切な場でありますので、ここが荒らさ
>れるようですと、

とはよく書くねえ。黒目氏の団体が、靖国周辺でもう騒がないというのなら、黒
目氏のいる掲示板だけは告知広報に行かないでやってくれ、と會にたのめる道理
が成り立つけれども、アンタ、どうする? 来年からやめてくれるかい?


日本全国戦没者遺族であふれかえっているのではないのですか?
 名前:黒目 09/04 火 21:51:48

あの戦争に於ける戦没者は、他ならない、我々の爺さんの代の死者であり、また、彼らも、我々同様の、均質ではない庶民であり、その人々が戦争犠牲者であり、侵略者であり、戦争指導者であった、というのは前提なのではないのですか?
今、戦没者を「直接知っている」という人が、亡くなっていっており、私の大叔父の場合も、既に2.3人しか直接知っている人は残っておりません。
あの戦争では、どの家からも一人や二人の戦死者が出ているのであって、あの戦争に関わりがなかった日本人、などというのは存在しないのです。
それをあたかも、戦死者が現在の我々と、全く切り離された存在であるかのように語る、というのは、戦没者に対する侮蔑ではないのか?
・・・・・・こういう事は右翼の人の方がこだわるのではないのですかね?
具体的に、私は、近所に住んでいた爺さん方の、自らが関わった戦争について、聞かされて来ているのですが、そういった事を過去のものとして忘却する、という事そのものは許し難い事であり、あの戦争の死者全体に対する侮蔑であると考えるものです。
このへんが、貴会の「靖国新時代」に対して持つ、違和感であるのです。
8.15に靖国に集まる人々は、そもそもは戦没者の家族や友人、戦友など、戦没者個人へのなんらかの思い入れを持って集まる人々でした。
しかし、靖国神社が政治的に利用されていく過程で、靖国の政治利用主義者ども、貴会の言葉を借りれば、「カルト」の連中のものへと靖国は変質していった。
貴会はその事態を打開しようといわれる。しかし、その中で、「戦没者個人がどういう人間であったのか」、もっといえば、「あの戦争はなんであったのか」という事そのものを切り捨てて、「新時代」を切り開こう、というのであれば、それはカルトの聖地としての靖国の延長上にあるものではないのか、ということを言っておるのです。
ちなみにその大叔父については、かつてどこかで展開したので、光輝八紘/鐵扇會 さんが拾ってきてくださるかもしれませんが(苦笑)、家族を持たないままに死んだ人であります。彼の弔いを継承する人間は、私しかいない状態です。私が彼を忘却すれば、彼は存在しなかったのと同じではありませんか?
戦没者の死は、個別の死として、記憶され、継承されることによってしか、意味を生じない、というふうに考えております。

>光輝八紘/鐵扇會さん
検索エンジンで「光輝八紘」とか検索して、あなたがネット上でどのように扱われたか、とかを持ち出して対抗するのが本来かもしれませんが、最近私もおっさんが入ってきまして、ある程度以上、あほらしもない事はようやらんようになってきましたので、どうか御勘弁願いたいと思います(笑)。


これで最後になるのでしょう
 名前:光輝八紘/鐡扇會 09/05 水 14:58:13

>検索エンジンで「光輝八紘」とか検索して、あなたがネット上でどのように扱われた
>か、とかを持ち出して対抗するのが本来かもしれませんが、

ああ、検索したんだなあ。これは。そんなに興味抱いてくれて、ありがとうと言ってお
こうかな。僕は、そんなに自意識が強くないから、自分のハンドルを検索エンジンなん
かで調べる趣味はありません。また、他のネットユーザーについて噂しているようなサ
イトや掲示板の話なんか信じやしません。人の話は「噂の真相」、まともな人間なら、
「百聞は一見にしかず」、自分の目で見、耳で聞き、確かめたこと以外は、一々、信じ
たりはしないでしょうね。黒目氏は、本当に素直なネットビギナーなんだね。何でもか
んでも信じやすい、だから、近所のじじいに洗脳されたり、ともだちに洗脳されたりし
て、つまらない歴史観に支配されたりするんでしょう。だいたい、「噂の真相」なんて
いまごろ読んでいること自体、すごいことだよ。このIT時代に。

>最近私もおっさんが入ってきまして、ある程度以上、あほらしもない事はようやらん
>ようになってきましたので、どうか御勘弁願いたいと思います(笑)。

それなら、来年は、靖国神社周辺で荒らし行為なんかするなよ。黒目氏がやったことと
鐵扇會のネットでの告知広報を比較したら、幼稚園児でもどっちがひどいことか、よく
わかるでしょう。


黒目殿…
 名前:人吉侯彦/鐵扇會 09/05 水 15:32:07

>あの戦争に於ける戦没者は、・・・
>こういう事は右翼の人の方がこだわるのではないのですかね?

なかなかに情感あふれるよい文章ではありますが、内容は少々ちがうと思います。
右翼がこだわるのは、黒目殿が書くこの部分から生じてくるある疑問です。

>彼らも、我々同様の、均質ではない庶民であり、その人々が戦争犠牲者であり、侵
>略者であり、戦争指導者であった、というのは前提なのではないのですか?

一見、多様にその存在のありかたを列挙しながらも、その実、一つの歴史観から見れ
ば大してちがいの意味の名詞を羅列しつつ、戦後の国民大衆を一つ方向へと扇動・教
導しようとするその政治的言葉使いそのものに対して、非常な違和感を覚える、少々
決めつけすぎてはいやしないか、という素朴な疑問でしょう。
批判するために歴史は存在しているのではない、それは数年前までの健全な保守ブー
ムの根底をなすものでもありました。

>具体的に、私は、近所に住んでいた爺さん方の、・・・・
>このへんが、貴会の「靖国新時代」に対して持つ、違和感であるのです。

それぞれのじいさんたちの戦争体験は、それぞれにあり、それは積もり重なって一つ
の時代の輪郭をおぼろげに見せる挿話の集積となっていくわけですが、平和な時代に
あって、大方のじいさんたちが「戦争はひどいものだった」ということはごくごく自
然なことであろうかと思います。軍隊生活を批判し、上官のひどさを訴える、いま生
きているじいさんたちは、年代から見て、軍隊ではほとんど使いっぱしりの階級の兵
隊であった人々がほとんどな訳ですから、これはもういい思い出のほうが少ないに決
まっている(笑)。しかし、昭和天皇の戦争責任論を酔った勢いで展開していたじい
さんが突然軍歌を歌いながら涙を流して「あの頃の若い連中はみな純粋だったな…」
と呟くほどに、人間というのは実に複雑なものだ。それは決して後世から裁断され、
一方的に批判される歴史の範疇にのみ留まる生のありようではない、そう言っておけ
ば十分でしょう。
歴史を前に